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無痛分娩は「贅沢でずるい」のか?…海外では当たり前なのに、日本人だけが「無痛は甘え」と考える根本原因

■終末期医療という正反対の立場だが…

先日、知人から「専門外であることは承知の上だけど……」との前置きで「無痛分娩(ぶんべん)について、その是非とかかるお金にかんして、ファイナンシャルプランナー(FP)資格を持つ医師としての意見を聞かせてほしい」と頼まれました。たしかに私は産科医でも麻酔科医でもないので、門外漢であることは間違いありません。

また新しい生命の誕生ではなく、人生終末期の医療に主として携わる医師ゆえに、いわば正反対の現場に身を置いているともいえます。しかし、今後の超高齢社会を乗り越えていくにあたっては、少子化対策についても無関係・無関心ではいられません。むしろ「子どもを産み育てやすい社会」にかんしては積極的に議論に参加せねばならない立場ともいえるでしょう。

そうした観点から、本稿では、今回の質問をもとに、無痛分娩とそれにかかる費用負担のあり方、今後の方向性と議論されるべき問題点について、あえて非専門医としての私見を述べてみることにしたいと思います。

■無痛分娩は本当に「贅沢」なのか

ご存じのとおり、現在、正常分娩については「病気ではない」との考え方のもと健康保険は適用外です。そのかわりに「出産育児一時金」という給付によって、出産にかかる費用負担を軽減する仕組みが存在しています。この給付金額は近年、分娩費用の上昇や産科医療補償制度(※)、さらに少子化対策の意味合いからも引き上げられており、直近では一律50万円の給付(一部医療機関を除く)となっています。

※産科医療補償制度:出産時になんらかの理由で重度脳性麻痺となった新生児とその家族のための補償制度であり、病院、診療所や助産所といった分娩を取り扱う機関が加入、分娩機関に過失がなくても補償金が支払われるもの。家族の経済的負担をすみやかに補償するとともに、脳性麻痺発症の原因分析を行い、同様事例の再発防止に資する情報を提供、これらによって紛争の防止・早期解決および産科医療の質の向上を図ることを目的とする。

今回の知人からの質問は、正常分娩の場合、健康保険の適用はないにせよ、こうした給付がある一方で、無痛分娩を選択した場合には施設によって異なるものの10万円前後がさらにかかるという現状について、「無痛分娩は贅沢なものなのか」というものでした。そして「出産するにあたっては耐えがたい痛みを味わうのが前提となるのか」との疑問も併せて示されたのです。

■「耐えてこそ母親」という科学的根拠のない考え

このような疑問がわくのは、「出産は病気ではない」との思考に加えて、出産を控えた妊婦さんにたいして、「出産の痛みに耐えてこそ母親。無痛分娩など甘えだ」であるとか「楽をして産んだ母親は子どもに愛着がわかない」などといった、およそ科学的根拠を伴わない心ない言葉が投げられるケースが、いまだに少なからず残っているためかもしれません。さらに別途追加で10万円の費用がかかることに「お金持ちだけ楽な出産ができて不公平」という声を、過去に耳にしたことがあったのかもしれません。

一方、私自身はといえば、この「出産するにあたっては耐えがたい痛みを味わうのが前提となるのか」という問いにたいしては、今まで十分な議論がされてきたとは言えないのではないかと感じています。たしかに出産は病気ではありませんから、疼痛を生じる疾患にたいして鎮痛剤を用いて生活の質を保つという、私たち医師が日頃あたりまえに行っている疼痛コントロールと無痛分娩とは異なるものだ、との意見もあるかもしれません。

■痛みを第三者が強いることに合理的理由はない

しかし出産にかかる疼痛をコントロールすることによって、出産後の体力回復が早いというメリットは産科医からも指摘されていますし、それ以前に、麻酔技術が進歩した昨今、疼痛というつらい苦痛を出産のときだけ堪えなければならないという理屈は、いくら「出産は病気ではない」とはいえ、通用しないのではないかと私は考えます。

麻酔にたいするアレルギーがなく、安全に処置が行える環境であれば選択肢として排除されるべきものではありませんし、少なくとも、痛みを和らげたいと望む人にたいして、痛みを受け入れるべきだと第三者が強いることに、なんら合理的理由はないと言えるでしょう。

では、そもそも無痛分娩は日本でどれくらい行われているのでしょうか。ネットで調べてみると、2020年9月の実績では、全分娩件数6万9913件にたいして無痛経膣分娩件数は6008件であり、無痛分娩率は8.6%ということでした。これは年々増加傾向にあるとのことですが、少ない国でも20%、多い国では80%を超えるという欧米諸国と比較すると、かなり少ない実施率といえます。

また国際比較だけでなく、日本国内においても地域差がありうることが、無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)のウェブサイトから読み取れました。

■なぜ日本は極端に無痛分娩が少ないのか

「情報公開に積極的に取り組んでいる無痛分娩取扱施設」を検索し地域別に見てみると、北海道7、東北7、関東115(うち東京都49)、甲信越・北陸7、東海55(うち愛知県35)、関西55(うち大阪府22)、中国15、四国7、九州・沖縄39(うち福岡県17)となっています。

また県内に該当する施設が存在しない県も、岩手県新潟県福井県山梨県高知県と複数あることがわかりました。もちろんこのサイトで情報公開されていなくとも無痛分娩を行っている医療機関もあるとのことですが、少なくとも、都市部に無痛分娩実施施設がかなり偏在している現状があるのではないでしょうか。

なぜ欧米に比べてわが国では、極端に無痛分娩が少ないのでしょうか。先ほど述べた「母親たるもの出産の痛みくらいは我慢して当然」という「非科学的精神論」がいまだに蔓延っている現状もあるでしょうが、それに加えて経済的理由も大いにありうることと思います。

公的保険制度のない米国は別ですが、他のG7諸国では出産にかかる費用の自己負担分をゼロにすべく国レベルで動いてきました。そしてその費用には無痛分娩にかかる部分も含まれているのですが、日本の場合、出産育児一時金があるとはいえ、昨今の分娩費用の増加によって、地域によっては無痛でない通常の分娩でさえ“足が出てしまう”ケースもあると言われています。このような現状のもとで、無痛分娩を選択肢とすることには、経済的なハードルがあると言えるでしょう。

■低所得者の妊婦に“優しくない”現状がある

さらに、無痛分娩施設に極端な地域偏在があることから推測されるのは、医師とくに麻酔医の不足です。ご存じのとおり、わが国における医師不足、医師数の地域偏在問題が実在する状況では、必然的に産科医の数にも地域差が生じます。さらに無痛分娩には硬膜外麻酔という処置を要するため、麻酔科医もしくはこの麻酔手技に習熟した産科医が少ない地域では、安全な無痛分娩を行うことは極めて困難です。

このように、日本においては無痛分娩もさることながら、そもそも出産について欧州と比較しても、“優しくない”風土と社会が現存していると言えそうです。そしてそれだけではありません。妊産婦さんのうちでも、とくに「低所得者」に“優しくない”現状があるのです。

先述したように、出産にかかる費用には地域差があるため、出産費用が出産育児一時金よりも安価の場合にはたとえ高所得者であっても余剰が得られるケースがある一方で、出産費用が高額の地域に住む低所得者の場合では、持ち出しの自己負担が大きくのしかかるという現状も、少子化対策に際して解決せねばなりません。

そのような現状のなか、岸田政権は「異次元の少子化対策」の一環として2026年度をメドに、出産費用について保険適用の導入に動き出しました。そして導入した場合でも、健康保険でカバーされない自己負担分が生じることのないよう対処する意向も、首相みずから国会で示しています。

■地域偏在を解消し、非科学的な精神論はやめる

すなわち保険適用となることで、現在では地域差のある出産費用が、全国一律の“公定価格”となり、また応能負担の原則のもと、低所得者が費用面から出産を諦めざるを得ない状況は、改善に向かうことが期待できそうです。

ただその場合も、無痛分娩にも保険が適用されるかは、現時点では不透明です。与党国会議員のなかには「無痛分娩にも健康保険適用を」と訴えている議員もいるようですが、保険適用とするからには、この国に住まうすべての妊産婦さんにたいして、可能なかぎり公平にサービスが享受できる機会をもうけなければなりません。

“全国一律”という医療保険制度のなかで、無痛分娩実施可能施設の地域偏在をどのように解決していくのか、という困難な問題については、今後もさまざまな議論が必要となってくるでしょう。

このように無痛分娩にかぎらず、妊娠出産にかかる経済的問題については、当事者にかぎらず、多くの人が「自分ごと」として議論に加わっていくことも重要ですが、その議論のなかで、少なくとも私たちすべての世代の意識のうちから、「母親たるもの出産の痛みくらいは我慢して当然」という、あまりにも日本らしい非科学的精神論をまず消し去り、妊産婦さんに“優しくない”風土をまず変えていかないことには、少子化に歯止めをかけることなど到底不可能なのではないか、高齢者医療に身を置く者として私はそう考えています。

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木村 知(きむら・とも)
医師
医学博士、2級ファイナンシャルプランニング技能士。1968年カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。著書に『医者とラーメン屋「本当に満足できる病院」の新常識』(文芸社)、『病気は社会が引き起こす インフルエンザ大流行のワケ』(角川新書)がある。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/west

(出典 news.nicovideo.jp)

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