行列ができているのに「待ち時間0分」 飲食店でファストパスは広がるのか | ニコニコニュース
有料のファストパスが広がりつつある。例えば、テーマパーク。東京ディズニーランドに行っても、人気アトラクションには人・人・人。USJに行っても、人気エリアには人・人・人。1時間以上並んでも、乗り物に乗っている時間は2~3分ほど。「大学病院の医者に診てもらうみたいだな」とボヤきたくなった人も多いはずである。
そんな長い待ち時間をなくしてくれるサービスが登場して、話題になったのは数年前のこと。有料のパスを購入すれば別ルートから案内されて、まるでワープしたかのように乗り場の近くまでたどり着く。遠方からやって来た人にとっては「せっかくなので、追加料金を支払ってでも、たくさんのアトラクションを楽しみたい」というニーズがあるようだ。現地で見ていても「有料パスを利用している人はそこそこいるなあ」といった印象を受けている。
こうした動きは他の業界でも広がりつつあって、飛行機に乗るときであったり、映画を見るときであったり、イベントであったり。「時間をお金で解決する」といった感覚が当たり前になりつつある中で、いまだ「行列ができることは、人気店の証だ」といわんばかりに普及が進んでいない業界がある。飲食店だ。
ハンバーグ、とんかつ、サンドウィッチ……提供するメニューに関係なく、「この店、おいしいよ」といったうわさが広まれば、店の前に数十人が並ぶのは当たり前の世界である。しかし、そんな状況に対して、有料予約のサービスが少しずつ広がりつつある。サービスを提供しているのは、飲食店の予約サイトなどを手掛ける「テーブルチェック」(東京都中央区)だ。
サービスの名称は「TableCheck FastPas(テーブルチェック ファストパス)」。2023年の秋ごろから試験的に始まっていて、2月9日から本格的にスタート。現時点で導入しているのは6店舗だが、「年内には300店舗に広げたい」(同社の広報)と意気込みを見せている。
●人気店が有料予約を導入
ところで、有料予約サービスを導入した飲食店には、どういった変化があったのだろうか。23年11月、サービスを導入した「銀座 八五」は、毎日のように行列ができる人気店である。フランス料理出身の店主が中華そばを提供していて、ミシュランの「一つ星」を何度も手にしている。
たくさんのお客が店に来るのはうれしい話だが、店側はいくつかの悩みを抱えていた。開店5時間前の午前6時ごろから並び始めるので、スタッフはその対応に追われてしまう。整理券を配ってみたり、記帳制を導入したりしたものの、お客が戻ってこなくて、キャンセル被害が出ることも。
こうした課題を解決するために、テーブルチェック社のファストパスを導入した。1人当たりの手数料を500円に設定し、毎週土曜日の午前9時に一週間分の予約を受け付けたところ、どういった反響があったのか。
SNSで告知すると、2~3分で席が埋まる事態に。予約の6割以上が外国人観光客で、いまのところ概ね好評のようだ。また、事前に手数料を支払う仕組みなので、キャンセル被害もなくなったとのこと。
有料予約サービスのビジネスモデルは、ごくシンプルである。お客はWebサイトから予約する際に、手数料(店によって違う)を支払うだけ。手数料は、お店とテーブルチェック社がレベニューシェア(割合は非公開)をしている。
●サービス開発のきっかけ
導入事例をもうひとつ紹介しよう。東京の青梅市にあるラーメン店「Ramen Feel」だ。
「ん? 青梅市って東京といっても、郊外だよね。立地を考えると、行列はそれほどできないのでは?」などと思われたかもしれないが、ラーメン大賞の新人賞を獲得するほどの人気店で、毎日のように多くの人が並んでいる。
長い行列に対して、こちらの店も整理券を配ったり、記帳制で対応したり。多くの人を待たせるという課題があったが、それと同じくらい大きな問題があった。ラーメンが「売り切れ」になることである。
Ramen Feelの店舗は、都市部から離れている。JR青梅駅から、さらに奥多摩方面に向かって2駅の日向和田駅から徒歩10分ほどのところにある。東京駅から青梅駅まで1時間30分ほどかかるので、都市部で働いている人が「ちょっとランチに」というわけにはいかない。一杯のラーメンを食べるのに2時間ほどかけても、売り切れになっていることがあるのだ。
店側はこうした課題を抱えていたので、24年1月に有料予約サービスを導入した。手数料を1人390円に設定したところ、行列が緩和されたという。導入後、外国人観光客が増えているようで、「せっかく日本に来たんだから、ちょっとお金を払ってでも、行きたいところを効率よく回りたいよね」といったニーズにうまくハマったようだ。
さて、テーブルチェック社は、なぜこのようなシステムを導入したのか。きっかけは、谷口優社長の消費者視点である。「人気店で食べたいけれど、行列ができていた。本当は並びたいけれど、時間がないのであきらめた。こうした経験を何度も積み重ねていく中で、『お金を追加で払ってでも人気店で食べたい』というニーズがあるのではないかと考え、システムの開発を進めました」という。
開発のきっかけは、もう1つある。飲食業界の課題だ。コストは高騰しているのに、それに見合った値上げができていない。最適な価格設定ができていない店が多い中で、コロナが「5類」に移行しても、客足は完全に戻っていない。こうした状況に対して、有料予約のサービスを導入すれば、収益面で貢献できるのではないかと考えたようだ。
●2024年は“並ばない元年”
……とここまで書いていて、疑問を感じたことがひとつある。先ほど紹介した2店舗はファストパスを導入したことで、外国人観光客が増えたそうだが、リピート率はどうなのか。海外から日本に来ても、彼ら・彼女らはやがて帰国する。いわゆる“一見さん”ばかりなのに、なぜ海外からのお客がたくさんやって来るのか。
その謎を調べると、どうやらSNSの影響が大きいようである。海外から日本にやって来て、行列ができる店で食事をした。そのことをSNSにアップする。それを見た現地の人は「オレも日本に行く予定があるから、そのときにはこの店に行こう」といった流れが生まれているようだ。
というわけで、店側にとって外国人観光客は一見さんだからテキトーに……ではなく、一見さんでもきちんと接客して、おいしい料理を提供しなければいけない。いまのところ、この流れがうまく回っているようだ。
テーマパークなどさまざまな業界で“並ばない”文化が広がっている中で、飲食店の試みはどこまで受け入れられるのか。人気店の予約サービスを提供しているのはテーブルチェック社だけでなく、GMOインターネットグループのGMO OMAKASEでも展開しているので、じわじわ広がる可能性もある。(ちなみにサービスの内容を比べると、両社は大きく違う。これを説明すると長くなるので、また別の機会に)
数年後、「飲食店にも“ようやく”定着してきたなあ」といった声が聞こえてくるかもしれない。
(土肥義則)