「こりゃ普及するのは困難だな」と思っていたけど…「約50万円のApple製ゴーグル」がなぜ体験者からこれほど高評価を受けているのか?
Apple Vision Proは見た目はちょっと大きめのスキーゴーグルといった感じだ。目を覆うカタチでゴーグルを頭に装着する。すると目の前にコンピューターグラフィックスが表示され、メールやブラウザといったiPhoneでよく見るアプリのアイコンが並ぶ。
起動したいアプリを見ると、ちょっとだけ大きく表示されるので、親指と人差し指を「ポン」と軽くつまむとアプリが起動して使えるようになるというものだ。
iPhoneやパソコンは画面の大きさに制約がある。しかし、Apple Vision Proは、目の前の空間に大きなプロジェクターで投影しているようなイメージとなるため、アプリの画面を巨大に、いくつも表示できるようになるのだ。
「老眼でスマホの画面を見るのがツラい」とお嘆きの中高年にぴったりのコンピューターといえるのだ。
Apple「約50万円のゴーグル」で何ができる?使ってみると…
筆者は、アップル本社でApple Vision Proを実際に装着して使用感を試すことができた。
アップルはApple Vision Proを発表する際、「メタバース」や「VR(バーチャルリアリティ)」という言葉を一切使わなかった。確かに、使ってみるとメタバースやVRという言葉で括れないということがよくわかる。なぜなら、ゴーグルを被ると仮想空間にすっぽり入るかと思いきや、部屋の様子がそのまま見えており、現実世界と仮想空間の中間にいるような感覚になるのだ。
Apple Vision Proには12個のカメラが搭載されている。それらのカメラが部屋の様子を撮影し、ゴーグル内部、眼球の前にある切手大のディスプレイに映し出しているのだ。
この部屋の中を撮影した映像が実に正確で、ゴーグルをつけたまま、部屋の中、机と椅子の間を歩いても全く違和感なく移動できてしまう。目の前に手をかざしても、映像越しにもかかわらず、自分の手の大きさがそのままリアルに再現されて表示される。
メールやWebのアプリを起動すれば、大画面で細かい文字もキッチリと読むことができる。映画を再生すれば、まるで映画館で見ているような没入感を味わえる。部屋の空間上にアプリや動画の画面を好きなだけ自由に浮かび上がらせて表示するのは、まるでSF映画のようだが、すでにアップルは現実のものとしてしまった。
Apple Vision Proに似たような機械は、これまでメタバースやVRというように言われていた。ゴーグルを装着することで、コンピューターグラフィックスで描かれた空間に飛び込み、ネットでつながっている別の人物と会話できたりするというものだ。
しかし、アップルは「空間コンピューターだ」と重ねて言い張っていた。このことは、どういうことを意味しているのだろうか。
アップルは、創業者であるスティーブ・ジョブズがMacを出したときには「マウス」という入力補助装置と、パソコンのアイコン表示を組み合わせたことで、コンピューターを一気に使いやすくした。
さらに、iPhoneでは、画面を直接触って操作できる「タッチパネル」で直感的な使い勝手を実現したことで、携帯電話を再定義した。
今回、アップルはApple Vision ProをMac、iPhoneに次ぐ「第3の革命」と位置づけているようだ。アプリのアイコンを見るとそれに反応して、指をポンと軽くつまむと起動するという視線入力は、まさに次世代のコンピューターにおける「操作体系」として革命を起こすことが予想されるのだ。
「発売当初は全く売れない」ものでも、毎年新製品を出し続けて“市場を作ってきた”Appleのとる「次の一手」は…
ただ、過去を振り返ってみると、アップルのこうした取り組みは、当初、全く理解も評価もされないという歴史だったりもする。
Macは操作性に優れ、デザイナーやカメラマンなどクリエイティブ職には支持されたものの、一般的にはマイクロソフト「Windows」には歯が立たなかった。
iPhoneも2007年にアメリカで発売された当初、日本では「ガラケーのほうが機能が豊富」「ツメの長い女性にタッチパネル操作は不向き」と散々であった。
2008年、日本国内でソフトバンクがiPhoneを独占的に扱った時も、発売当初は全く売れず、ソフトバンクがiPhoneを実質ゼロ円でばら撒くようになり、アップルが毎年、新製品を出すことで、ようやく普及するようになった。
アップルの腕時計型コンピューターである「Apple Watch」も発売当初は全く売れなかった。しかし、毎年のように新製品を出すことで、少しずつユーザーが増え、いまではアップルは世界で最も販売台数を稼ぐ時計メーカーとなった。
Apple Vision Proも発売当初は日本円で49万円ということで、新製品が出れば片っ端から買うアップルファンと、アプリの開発者ぐらいにしか売れないだろう。
ただ、アップルはApple Vision Proのことを「Appleが開発した初の空間コンピューター」として発表している。つまり、第2、第3弾が用意されているということだ。
今後はチップのAI処理能力が上がり、カメラなどの部材を減らすことができるようになるだろう。そうすれば、コストダウンにつながり、販売価格も下がってくるはずだ。
「こんな大きな機械を顔につけて生活するなんて考えられない」という気持ちも分かるけど…
Apple Vision ProはWebの記事や動画を見ても、その凄さの1%も伝わっていない。自分も原稿を書いていて、その魅力を読者に全く伝えられないことに、本当に申し訳なく思っている。
そのため、一般的に「こんな大きな機械を顔につけて生活するなんて考えられない」という批判的な声が上がるのも理解できる。自分もこれまで様々なVRゴーグルを被ってきたが、装着感や操作性などにおいて「こりゃ、普及するのは困難だな」と悲観的に見ていたほどだ。
しかし、Apple Vision Proを装着してからは考え方が一変した。Apple Vision Proと、いま世の中に発売されているVRゴーグルを比較するのは意味がない。アップルはVRゴーグルの世界でナンバーワンを獲ろうと思っているのではなく、コンピューターそのものを変えようとしているのだ。
実際、Apple Vision Proは装着すれば「新しい時代のコンピューターが来た」と誰もが確信が持てるのは間違いない。ただ、その実力が、世間に評価されるのには数年かかるだろうし、アップルもApple Vision Proは数年かけて取り組むプロジェクトだと十分、理解しているはずだ。
(石川 温)