日本のサカナが「もう売れない」理由。イメージ低下で“北海道産ウニ”までも安売り対象に
◆中国が日本のサカナを「事実上の禁輸」に
福島第一原発処理水の海洋放出計画をめぐる中国政府の対応が話題になっている。
7月上旬より、中国税関は日本から輸入されるすべての水産物を対象に放射性物質検査を実施。事実上の禁輸措置となっているのだ。
一方、香港政府のトップも処理水が放出された場合、福島など10都県からの水産物の輸入を全面禁止にすると表明した。
「水産白書」によれば、中国と香港は水産物輸出先のツートップで、輸出総額は合わせて約1627億円に達する(’22年)。
水産物輸出の4割を占める規模だけに、こうした措置が今後も続けば、大きな影響が予想される。
◆「どこの水産会社も生鮮の中国輸出は扱わない」
そう明かすのは、中国・広東省内で複数の日本料理店を経営するNさんだ。
「ウチでは、ヒラメ、真鯛、キンキ、金目鯛など日本から冷蔵で3日以内に届くものに限って刺し身で提供していました。ところが7月8日に到着予定の商品が届いたのは、16日でした。
通関が厳格化されたことが原因で、もちろん廃棄しましたよ。今ではどこの水産会社も生鮮の中国輸出は扱わなくなっています」
◆闇価格が10倍に高騰…『もう焼き肉屋に変えようか』
こうしたなか、闇で流通する日本産水産物にも異変が。深圳市で水産物の仕入れに携わる日本人が言う。
「日本産の生の魚介類を香港やマカオ経由でハンドキャリーし、深圳市内に1日で届ける闇ルートが昔からあった。相場は正規ルートの3~4倍でしたが、全量検査開始後はそれが一気に10倍に跳ね上がった。
例えば大間産マグロの今の闇価格は200gで約3万円、それを店では倍で出しています。それでも食べたいという中国人がいるんですよ」
日本産水産物の調達難は、売り上げに直結する。北京市の寿司店「鮨玄海」オーナーの高山貴次氏はこう述べる。
「日本産のネタは単価が高いため利幅も大きい。それらが欠品するのはかなり頭の痛い問題です。『もう焼き肉屋に変えようか』なんて冗談めかして言う同業者もいます」
こうした状況のなか、存在感を増しているのが中国産の代替品だという。
「中国の養殖技術はここ数年で格段の進歩を遂げていて、ウニやカキは大連産の養殖ものが生食に耐えるレベルになってきています。
仕入れ値は日本産の3分の1以下。この機に中国産に切り替えるという動きもある」(高山氏)
同様の話は、前出のNさんからも聞こえてきた。
「全量検査になって以降、『さぞかし仕入れにお困りでしょう』と営業をかけてくる中国の水産卸が増えました。
業者がサンプルで置いていった、中国・東北地方の養殖ヒラメと福建省の天然生イカを食べて驚いた。
十分、刺し身に使えるクオリティで値段も日本産の3分の1。正直、今後は中国産でいいかなと思いました」
◆止まらない「日本産水産物のイメージ低下」
一方、日本国内でも影響が出ている。築地場外市場に出入りする飲食店の買い付け担当者が明かす。
「北海道産の塩水ウニが豊洲に普段の2倍ほど並んでいて、価格もいつもより2割ほど安かった。おそらく中国に輸出できなくなったものが、流れてきたのでしょう」
水産専門紙の記者は、日本の水産業が受ける損害についてこう話す。
「国内消費が低迷するなか、豊洲市場の仲卸にも、海外の飲食店などと小ロットの取引を活発化させる動きが見られるので、今回の措置が影響していることは間違いない。
しかしそれよりも危惧されているのは日本産水産物のイメージ低下。海洋放出されてない現時点ですら、たとえば『三陸産のホタテを北海道産に切り替えてほしい』という声が国内外で出始めている」
今回の措置で大きな影響を受けているのは、輸出品目の23.5%(水産白書)を占めるホタテだ。北海道でホタテの輸出に携わる中国人が言う。
「それまで卸値で一枚70円だった活ホタテ貝が、2年ほど前から中国業者が350円でも買うようになった。
漁師たちはみんな高級外車に買い替えてバブル状態でしたが、今回の騒動で輸出が滞り、関係者はみな途方に暮れています。値崩れが起きつつある」
◆「外交による決着しかない」中国側の真意とは
さまざまな反応を引き起こしている今回の措置だが、中国側の真意はどこにあるのか。中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵氏が話す。
「先進半導体の輸出規制などにおいてアメリカに協調する日本への対抗措置と見て間違いない。外交による決着しかないとみられますが、中国側が環境問題を建前にしている以上、すぐに解決ということは考えにくい。
中国人は政府の外交姿勢に慣れっこなので、今回の件も静観しています。
ただ、抗日戦争勝利記念日(9月3日)や柳条湖事件が起きた『国恥の日』(同18日)が続くこれからの季節は、反日機運が盛り上がりやすい。
処理水の放出は8月末と言われていますが、日本も時期を慎重に見計らうべきでしょう」
日本の水産業界が、これ以上の打撃を被るような事態は避けられねばならない。
◆「回転寿司や弁当にも大きな影響が」
7月に『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社)を上梓した水産アナリストの小平桃郎氏は「中国向け輸出はすでに激減していますが、実際に放出されたら、さらに大きな影響が出るのではないか」と言う。
「対中輸出では、これまでも通関ルールが突如、厳格化されたりコロナ禍ではウイルス検査が行われたりと、さまざまな問題がありました。
今回の措置でも港や担当者によって基準が違う可能性があり、実態がなかなか摑めず、国内水産会社も戦々恐々としているのが実情です」
一方で、対抗措置として中国からの水産物を禁輸すべきという声も一部から上がり始めたが、小平氏はこう警鐘を鳴らす。
「ウナギやイカ、アサリなどは中国産が国産品の不足を補う重要な役割を担っていますし、中国は日本にとって寿司ネタ加工の重要な拠点でもあります。
禁輸にしてしまうと、私たちが普段、利用する回転寿司や弁当に大きな影響が出てしまいます」
◆「中国依存リスクを減らしていくしか道はない」
「水産物輸出先の4割を占める中国・香港以外で、高級魚を大量に買う国を新規で、すぐに見つけるのは難しい。
欧米は最近、物価高で庶民の財布の紐はむしろ固くなっていて、世界的に高級魚介類が余っている状態なのです。
日本としては、一時的に苦しくなるかもしれませんが、時間をかけて中国以外のマーケットも開拓し、中国依存リスクを減らしていくしか道はない」
まだまだ終わりが見えない。
【小平桃郎氏】
1979年、東京都生まれ。輸入商社や大手水産会社を経て、水産貿易商社・タンゴネロ設立。水産アナリストとして週刊誌や経済メディア、テレビなどに寄稿・コメントなどを行う。7月に『回転寿司からサカナが消える日』(扶桑社)を上梓した。
取材・文/奥窪優木 児玉ジン