「2年で会員120万人超」チョコザップの快進撃はどこまで続くのか…既存ジムとの収益モデルの決定的な違い | ニコニコニュース
■目標はコンビニ並みの1万店
RIZAP(ライザップ)グループの2024年3月期決算が5月15日に発表された。連結最終損益(国際会計基準)は43億円の赤字だが、23年3月期の赤字額は126億円なので、業績はかなり改善されたといえる。さらに、25年3月期は20億円の黒字になるという予想も出した。業績向上の理由は、低価格ジム「chocoZAP(チョコザップ)」の事業が好調に伸びていることだ。
22年7月のサービス開始から、1年10カ月で店舗数は1500店に達し、会員数は120万人を超えている。全国47都道府県に店舗があり、将来的には大手コンビニ並みの1万店以上を目指すという。
ライザップグループは個別指導型のパーソナルトレーニングで急成長した企業だ。「結果にコミットする」というキャッチフレーズで、有名タレントがボディメイクに成功するCMが世間の注目を集めた。一方、急速なM&A(合併・買収)が裏目に出てしまい、業績低迷を招いたという経緯がある。
■低価格で手軽な「サブスク型」ジム
ライザップの初期費用が数十万円と高額だったのに対し、チョコザップは月額2980円(税抜き)という低価格でライトなフィットネスを提案している。
今回の記事ではチョコザップが急成長している理由、今後の見通しなどについて考えていきたい。
チョコザップは、サブスクリプション(定額課金)のフィットネスジムで、最大の特徴は月額2980円という低価格である。会員は24時間営業の全店舗を何回でも利用できる。常駐スタッフがいない“無人ジム”で運営し、設備はトレーニングマシンが中心で風呂やシャワールームはない。「初心者OK」「着替えなくてOK」「1日5分でもOK」と手軽なフィットネスを提案し、急速に会員を獲得していった。
■価格戦略の優れた成功例
チョコザップが急成長している第一の理由は、「価格戦略の成功」だ。月額2980円は事業開始時点においてコストの積み上げで算出された価格設定とは思えない。「毎月いくらであれば、ライトユーザーをつかまえ、規模の経済を実現できるか」という前提から導き出されたものだろう。このためある程度の規模になるまでは赤字必至だ。だが、会員が一定数を超えると、「規模の経済」が働いてコストを吸収できるようになる。
フィットネスクラブ業界では、セントラル、アクトス、コナミ、ゴールドジム、ルネサンスといった大手でも100~200店ほどで、規模の経済が働きづらい。チョコザップの登場まで、この業界で最も店舗数が多かったのはエニタイムフィットネスの1100店(2023年9月現在)だが、これも事業開始は2010年だ。
一方、チョコザップは事業開始から1年10カ月で1500店に達している。つまり業界の常識を破壊するような1000店以上のチェーンをつくる前提で、2980円という驚異的な価格を設定したのだろう。
チョコザップは23年10月まで、単月赤字の月がほとんどだった。出店スピードを抑え、マシンの故障率を改善するなどの品質向上や管理体制の強化に努めた結果、11月から単月黒字が連続するようになった。今期は会員増加ペースを再加速させる計画だ。
出店戦略では、地方の店舗が増加している。23年3月期は地方の店舗が全体の29.9%だったのが、24年3月期は49.0%まで増えている。
■顧客とデジタルでつながるメリット
もうひとつの成功要因は、「顧客とデジタルでつながっている」点だ。ライザップはデジタル企業と呼んでいいほどITを活用している。DX戦略と呼ぶべきレベルだ。ウォルマートの記事でも解説したように、現在のリアル店舗ビジネスは、顧客とデジタルでつながることが成功の条件となる。
チョコザップの会員は、スマホの専用アプリで入館や健康状態を管理する。また入会時には、スターターキットとして体組成計とヘルスウォッチをもらう。体組成計は体重、BMI、体脂肪率など11のデータを測定でき、ヘルスウォッチは心拍数、消費カロリー、歩数、睡眠のデータがとれる。どちらもデータはスマホに送られ、専用アプリで管理する。ライザップ側もユーザーのデータをサービス提供に活かすことができる。
利用者の成果について、興味深いデータがある。1店舗のみ利用した人より、複数店舗を利用した人のほうが、体重の減少率は2.28倍になるというのだ。運動へのモチベーションが高いということだろうが、このようにデータから利用方法と成果の関係を見える化できるのは、デジタルで利用者とつながっている強みだ。サービス向上や利用方法の提案につなげてデジタル企業の強みを発揮することが期待できる。
■競合はまだ現れていない
チョコザップの事業展開で目を引くのは、1店舗あたりの会員数が増加したことだ。2022年9月に中期経営計画が発表された時点で、1店舗あたり477人だったのが、24年2月時点で843人となり、増加率は176%になっている。新規出店を抑えても全体の会員数が増加する点は強い。
チョコザップは本格的なサービス開始から1年5カ月で会員数が業界トップになった。ここまで急成長すれば、競合がすぐに出てきそうだが、現在のところ完全に競合するサービスは見当たらない。価格戦略、顧客とデジタルでつながるなどのビジネスモデルは容易に真似できないのだろう。
同じ無人ジムのエニタイムフィットネスと比較されることはあるが、エニタイムの利用料は月額7000円から1万円ほどとなっている。価格帯から見て別の市場であり、競合していないだろう。
チョコザップは「町のサブスク」をめざしてサービスの多角化を進めている。店舗内でセルフエステ、セルフ脱毛、セルフホワイトニング、セルフネイルなどの美容サービスを提供し、シミュレーションゴルフなどのアクティビティ、さらにはワークスペースを備えた店舗もある。
チョコザップの今後を占うには、サブスク先進国アメリカの成功事例から読み解くことが有効だろう。
■「町のサブスク」は実現するか
アマゾン、アップルなどのデジタルプラットフォーマー、あるいはウォルマートなどの大手小売企業が、生活サービス全般のエコシステムを狙って競い合うアメリカでは、「規模の経済×範囲の経済」が競争の条件となっている。この条件で圧倒的な地位にあるのが、サブスクの「アマゾンプライム」を展開するアマゾンだ。
アマゾンは「地球上で最も顧客中心主義の会社」というミッションを掲げ、事業構造を進化させてきた。
アマゾンプライムの人気が高いのは、ネット通販で翌日配達が無料になるのが最大の理由だろう。翌日配達無料がサービスの中核にあり、さらに動画、音楽、電子書籍などが追加料金なしで楽しめる。
チョコザップの場合は、もちろんフィットネスが中核サービスになる。店舗に足を運ぶ頻度が高くないと、他のサービスを利用する機会が増えない。サブスクの成功は、顧客とのフラットで親密・長期的な関係性を築くことが条件になる。チョコザップは利用率が向上しているので、当面は成長をつづける可能性が高い。
もし利用率が低下したら、店舗数がいくら増えても、黄色信号ということになりかねない。中核サービスのフィットネスでさらなる品質向上に努め、利用率を高めていくことが「町のサブスク」を実現するうえで重要だと筆者は考える。
■新たな収益源は「広告」事業
チョコザップでは、新たな収益源として、広告プラットフォーム事業をあげている。
そのカギを握るのが「リテールメディア」だ。リテールメディアは、小売(リテール)企業が保有する顧客データを活用して、自社のスマホアプリや店舗のデジタルサイネージなどに広告を配信する仕組みだ。英広告会社WPP傘下のグループエムのリポートでは、2028年にテレビ広告市場をリテールメディアが超えると予測されている。
日本企業では店舗内のサイネージに広告が表示されるレベルの取り組みがほとんどだが、チョコザップはリテールメディアを成功させるために必要な条件がほぼそろっている。すでに120万人を超える膨大なスケールの会員がいて、顧客接点はリアルとデジタルの両方で押さえている点は大きい。
パーソナライズ化した広告が、サイネージやサンプリングアプリ、アプリバーナー、メルマガ、レポート、バイタルデータなど多様なメディアを通して届けられる。特にサンプリングは、店舗内にスペースを設ければ、高い効果が得られそうだ。チョコザップは、広告主にとって魅力的な媒体だといえる。
■社会課題の解決とビジネスを融合させる
今後の成長戦略には「社会課題への貢献」も含まれている。テーマのひとつは、社会とのつながりを失った高齢者が心身の健康を損なう“フレイルドミノ”の解決だ。
現代社会では社会とのつながりを失った高齢者、特に定年退職後の男性が家をあまり出なくなり、健康を損なうケースは多い。医療費、介護費の増加は、地方自治体が抱える問題でもある。
そのためチョコザップは、高齢者を家の外に連れ出し、運動習慣をつけてもらう「官民連携コンビニジム」を提案している。地方には空き店舗、公民館・図書館、廃校舎など10万を超える施設の候補があり、全国300店舗の出店を目標としている。
物流業界の「2024年問題」に対応した施策もある。今年4月に施行された働き方改革関連法によって、トラックドライバーなどの時間外労働時間が制限され、人手不足が深刻化している。
ドライバーの健康課題に対応するため、高速道路のパーキングエリア(PA)や道の駅に出店を進めている。第1号はこの5月に、静岡県の東名高速道路日本平PA(上り)に出店したばかりだ。
ドライバーにとって重要な休息基地に、コンビニジムのサービスがあれば、利用者はかなりいるはずだ。他のサービスと合わせたシナジー効果も期待できる。
チョコザップの社会貢献は、おざなりの“お題目”ではなく、社会課題の解決と自社のビジネスをうまく融合している点で訴求力がある。高い貢献度を実現できるかどうかが成長の試金石となるだろう。
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立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。
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