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結婚2年で夫と死別、実家は貧乏だし娘と2人でどうしたら…紫式部が「源氏物語」を書き始めた"切ない事情" | ニコニコニュース

なぜ紫式部源氏物語を書き始めたのか。その背景には、物語に没頭することで現実逃避をするしかない事情があった。紫式部の著書『紫式部日記』をコミカライズした『新編 人生はあはれなり…紫式部日記』から、一部を紹介しよう――。

※本稿は、小迎裕美子・紫式部著、赤間恵都子監修『新編 人生はあはれなり…紫式部日記』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■まじめで地味、人づきあいが苦手、人間洞察が鋭い…

■中宮彰子の出産を記録したのが『紫式部日記』

■『源氏物語』には作者の名前が書いていない

紫式部といえば『源氏物語』の作者ですね。でも、それが分かるのは『紫式部日記』が存在していたからです。平安時代の物語は文学としての価値が低く、作者の名前などどこにも記されません。ところが、『紫式部日記』に筆者が『源氏物語』を書いていたことが記してあったのです。

紫式部日記』は、紫式部の個人的な日記ではありません。最も大きく取り上げられているのは中宮彰子御産の記事です。出産の時を待つ道長邸の描写に始まり、皇子誕生とそれに関わる数々の儀式や祝宴、慶(よろこ)びに沸き立つ邸内の様子、宿願を果たした道長、大役を務めた彰子の姿を描きます。

■『紫式部日記』には公的な話と私的な話が書かれている

しかし、主家の記録を書き留めるだけではありません。栄華の最中に身を置きながら、周囲への違和感を覚える紫式部は、自身の孤独な思いも所々に記していきます。この作品は、中宮女房としての視点で記録した公的な部分と、自分の内面を見つめて書いた私的な部分が混在した日記なのです。

紫式部日記』の中で私的な部分がまとまって記されているのが、消息文と呼ばれる記事です。誰かに宛てた手紙の文体で、自分の周りにいる人々のことや自分自身の考えを記しています。その中でも、和泉式部(いずみしきぶ)、赤染衛門(あかぞめえもん)、清少納言の三人を批評した三才女論は特に有名です。同性に厳しい紫式部ですが、最終的に自分自身を内省する視点を持つ人で、女としての人生の不条理を見つめていたことが分かります

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小迎 裕美子(こむかい・ゆみこ)
イラストレーター
愛知県名古屋市生まれ。広告デザイン事務所勤務を経てフリーイラストレーターに。雑誌を中心に、テレビ、広告、WEBなどで活躍中。著書に『新編 本日もいとおかし!! 枕草子』(KADOKAWA)、『脱力道場』(小学館)、『だいこくばしズム』(朝日新聞出版)など。

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紫式部むらさきしきぶ)
作家・歌人
平安時代中期の作家、歌人。本名は不明。藤原為時の娘で少女時代より漢文を読みこなすなど、早熟な才女だったといわれる。藤原道長の長女で、一条天皇の中宮である彰子に仕え、その中で、54帖におよぶ世界最古の長編小説『源氏物語』を著した。宮中の様子を書いた『紫式部日記』も残している。

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赤間 恵都子(あかま・えつこ)
十文字学園女子大学名誉教授
石川県金沢市生まれ。博士(文学)。専攻は、『枕草子』『蜻蛉日記』などの平安女流文学。著書に『歴史読み枕草子 清少納言の挑戦状』(三省堂)、監修に『新編 本日もいとをかし!! 枕草子』(KADOKAWA)などがある。

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『新編 人生はあはれなり…紫式部日記』より

(出典 news.nicovideo.jp)

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