ボンカレーが急に“世界一”をうたい始めた、たった1つの理由 | ニコニコニュース
「ボンカレー」が「世界最長寿のレトルトカレーブランド」としてギネス世界記録に認定された。
……というニュースを聞いてモヤモヤしている人も多いのではないか。実は「レトルトカレー」というのは、世界的にそこまでメジャーな食べ物ではない。最近は海外でも「日式カレー」が注目を集めているので、中国、台湾、韓国、東南アジアなど一部の国でファンは増えているものの、欧米豪やアフリカなどでは知らない人のほうが圧倒的に多い。
もっと言ってしまえば、「レトルト食品」自体がビミョーだ。中小企業基盤整備機構が運営する「J-NET21」内の「よくわかる レトルト食品の基本」の中にもこうある。
『欧州では、以前から缶詰や冷凍食品などが多く消費されており、その食習慣が消費者の間に根強く浸透していることから、レトルト食品の消費はあまり伸びていないのが現状といえます』
『米国でのレトルト食品の生産量は5万トン程度とみられています。これは缶詰生産量の1%程度にすぎず、市場規模はあまり大きくありません』
例えば、「カップ麺」は世界中で売られており、日清の「カップヌードル」も世界100カ国で販売されている。そういうカテゴリーならば、「世界一の長寿ブランド」をうたうのは理解できる。が、レトルトカレーはそういう位置付けではない。
大塚食品は2003年から中国でレトルトカレーを販売しているが、「ボンカレーの国際ブランド化に挑戦する」として2カ国目のインドへ進出したのも18年とつい最近だ。これで「世界」を語るには違和感しかない。
「日本企業の素晴らしい偉業にケチをつけるのなら、この国からでていけ!」という感じで、激昂する人もいらっしゃるかもしれないが、ボンカレーや大塚食品を批判するようなつもりは毛頭ない。ただ、「なんでこのタイミングに、こんなことを言い出したのだろう」と疑問に感じるだけだ。
●なぜわざわざギネス認定なのか
ボンカレーは以前から、「1968年に誕生した世界初のレトルトカレー」というブランドヒストリーを打ち出している。日本で生まれたレトルトカレーというジャンルのパイオニアなわけだから「世界最長寿ブランド」であることは自明の理だ。そんな分かりきっていることを、いくら誕生55周年という節目の年だとしても、なぜわざわざギネス認定してもらう必要があったのか。
いろいろな見方があるだろうが、個人的には「絶対王者ハウスを倒す決意のあらわれ」ではないかと考えている。
実は、ボンカレーはパイオニアではあるが、ナンバーワンではない。競争の激しい国内レトルトカレー市場では、ハウス食品の「カリー屋カレー」が絶対王者として長く君臨しており、同ブランドサイトでも「愛され続けて19年 連続売上No.1のレトルトカレー」という宣伝文句を掲げている。
この「カリー屋カレー」以外にもハウス食品は強者ぞろいだ。ボンカレーの宿敵ともいうべき「ククレカレー」、マッシュルームが入った「カレーマルシェ」、レストラン品質を追及し、最近テレビCMもよく見かける「プロクオリティ」、そしてあのCoCo壱番屋が監修した「もってこカレー」など、多彩なブランドがそろっている。
つまり、ハウス食品は「日本で最もレトルトカレーを売っているメーカー」と言っても過言ではないのだ。このように絶対王者を擁(よう)する“レトルトカレーのスター軍団”に対して、パイオニアブランドのボンカレーは厳しい戦いを強いられてきた。
●ボンカレーで戦っていく
不動の人気を誇る「ボンカレーゴールド」を筆頭に、フライパン調理もできる「ボンカレークック」、キーマビーンズカレーの「ボンカレーベジ」、厳選素材と本格製法を用いた「Theボンカレー」など、17種類(ボンカレーブランドサイト)にも及ぶラインアップを充実させてはいるものの、ハウス食品の多種多様なブランド展開を前にすると、どうしても霞(かす)んで見えてしまうのだ。
かといって、今からハウス食品のような真似はできない。となると後に残されているのは、ボンカレーというレガシーをさらに研ぎ澄ませていく戦い方しかない。つまり、これまで以上に「ボンカレーはレトルトカレーの元祖」というイメージを訴求していくのである。
実際、ボンカレー誕生50周年を迎えた18年、大塚食品はさまざまな方面でこのレガシーをアピールした。まず、50周年にかけて「ボンカレー50」を発売、さらにエースコックのスーパーカップとコラボをして、「スーパーカップ1.5倍 ボンカレーゴールド中辛風 カレー」(うどんとラーメン)にも挑戦。また、同じく50周年を迎えたクボタの田植機ともコラボして、国産米を応援するキャンペーンも展開した。
さらに極め付きは、手塚治虫のマンガ『ブラック・ジャック』とコラボしたキャンペーンだ。実は主人公の天才外科医師ブラック・ジャックはボンカレーが大好物で、劇中で「ボンカレーはどうつくってもうまいのだ」という名言も残しているほどで、このエピソードが紹介された広告号外も渋谷駅前で配布された。
ただ、残念ながら、このようなあらゆる方向からのブランディングを続けてきたものの、絶対王者「カリー屋カレー」の牙城を崩すところまではいっていない。ハウス食品側も同じくキャンペーンやブランディングに力を入れているからだ。
例えば22年夏、「カリー屋カレー」などハウス食品のカレーはある国民的な人気者たちとコラボキャンペーンを行っている。大ヒットした映画『ONE PIECE FILM RED』だ。
ただでさえ人気のある「カリー屋カレー」のパッケージに、子どもから大人まで多くのファンがいるワンピースのキャラクターたちが描かれれば、さらにその強さが磐石になるというのは容易に想像できよう。また、22年はライバルである「ククレカレー」も50周年ということでキャンペーンを展開、パッケージにも「やさしい味わい50年」というロゴも入って、消費者の注目を集めた。
●ボンカレーの偉大さが分かるようなロゴ
絶対王者がこういう戦い方をするならば当然、チャレンジャーはもっと強いネタで勝負しなくてはとなる。
世界で初めてレトルトカレーを開発したレジェンドであり、唯一無二のブランドであるということをこれまで以上に広く訴求したい。できることなら、ライバルのククレカレーがやったようにパッケージに、ボンカレーの偉大さが分かるようなロゴでも入れたい――。
そうなるとやはり効果的なのは、信用のおける第三者がお墨付きを与えてくれることだ。日本人は権威に弱いので、菓子や酒のパッケージに入れる「モンドセレクション 最高金賞受賞」のロゴや、「マツコの知らない世界で紹介されました」というPOPが効果てきめんだ。
このように消費者が思わず手に取りたくなるような「権威的なロゴ」をパッケージに入れられないものか、とボンカレーのマーケティング担当者たちは考えたはずだ。
ここまで言えばもうお分かりだろう、それが「ギネス世界記録」だったのではないだろうか。
一般の方からすると、ギネスワールドレコーズというのはたまにお笑い芸人やバラエティ番組で、企画としてユニークな世界一を目指すものくらいの認識だが、実は企業の間では「広報・プロモーションのネタ」として使われることのほうが多い。
なぜかというと、ギネス側が自分たちでそうしてくれと言っているからだ。公式Webサイトの「企業キャンペーン・プロモーション・話題づくり」というページに、こんな説明がある。
『中小企業や、チャリティ、自治体から大企業・有名ブランドまで、様々なクライアントと向き合って来た私たちだからこそ、それぞれ異なる目的やニーズを皆様がお持ちでいることを理解しています。世界記録への挑戦を通じて、より広く視聴・拡散されながら人々の心に残るコンテンツを中心とした魅力的なキャンペーンや、社会に大きなインパクトを与えるようなイベント、集客に繋がる体験型イベントなど、様々なアングルでご提案をしています』
●「ハウス食品を倒す」という決意
そんな「様々なアングル」の中で最もメジャーなのは、「モンドセレクション 最高金賞受賞」と同じスキームだ。つまり、商品など広告やパッケージに、ギネスワールドレコーズのロゴとともに「世界一」がうたえることだ。
『ギネス世界記録の商標ライセンス:世界中で高い認知度を誇るギネスワールドレコーズの文言商標や公式ロゴをあらゆるタッチポイントで使用することで、リーチの最大化を図ることができます』(ギネスワールドレコーズ公式Webサイト)
実際、大塚食品もこの「ライセンス」を利用している。1月中旬からボンカレーゴールドは「ギネス世界記録認定記念 限定パッケージ」で販売されるというのだ。
この「世界一」をうたったロゴを付けたことで、どれほど売り上げアップに貢献するのかというのは正直ビミョーなところではあるが、売り場に並ぶことでブランディングにはそれなりに効果があるはずだ。
先ほども触れたように、日本人は「権威」に弱い、しかも「日本のホニャララは世界一」という響きを聞くと、うっとりとするという国民性もある。ギネスワールドレコーズ側がいうように「リーチの最大化」も期待できるかもしれない。
果たして、パイオニアブランドのボンカレーは、絶対王者の牙城を崩すことができるのか。普段われわれが何気なく食べているレトルトカレーの裏では、メーカー同士の熾(し)烈な争いが行われている。今年はそのあたりにも注目してみてはいかがだろうか。
(窪田順生)