「お寺のトイレ撤去したのに」 ガイドブック記載で来訪者やまず困惑する住職「マナーのあり方考えて」 出版社は謝罪
それでもいまだにトイレ利用をもとめる人が後をたたない中で、旅行やハイキングのガイドブックが寺を「トイレ利用可」として紹介していることがわかった。
住職の藤原栄善さんがツイッターでその経緯を発信すると大きく話題になっただけでなく、出版社が寺に「確認のないまま掲載し、迷惑をかけた」として謝罪する事態に。藤原さんは取材に、トイレ利用と管理のあり方について考えるべきタイミングではないかと語る。(編集部・塚田賢慎)
⚫️40年間、無償で開放したトイレをやむなく撤去
鷲林寺では、寺や墓参りする人のために作った境内のトイレが、男女用ともに汚される事態が続いた。利用者の9割以上がハイカー。六甲山のハイキングコースの入り口として知られ、一部のハイカーたちのマナーのひどさが指摘された。
住職になってから40年間。藤原さんは誰かわからない人が汚したトイレを掃除し続けたという。汚してもいいから拭いていってほしいと思いながら、トイレットペーパーの備品を持って行かれても、冬場に水を止めた蛇口をバールで壊されても、掃除を続けた。
見かねた檀家が「綺麗なトイレにすれば汚されない」と新しくトイレを寄進したものの、心ないハイカーの行動は変わらず、昨年11月にやむなくトイレを取り壊した。
「鷲林寺のトイレが汚い」というSNSへの書き込みを目にしたことも、その決断に影響した。親切でやっていることが、寺のネガティブな評判に影響するのであれば、続けるのにも限界がある。
「寄贈するので公衆トイレとしての管理を西宮市にお願いしたのですが、叶いませんでした。『有料にすれば?』という意見もありますが、駐車場経営など宗教活動に関係ないものは収益事業として課税対象になってしまう事情もあり、なかなか難しい。だから多くの寺のトイレは無料なんですよ」
こうした苦渋の決断を藤原さんがTwitterで発信したところ、多くの意見が寄せられ、複数のメディアも取材に訪れた。
⚫️「トイレないわけないやろ!」罵声浴びせられ…
それから半年経ってなお、トイレの貸し出しをもとめる人はひきもきらないという。トイレはないと断られたハイカーが「トイレないわけないやろ!」と寺務所の人間に罵声を浴びせることもあったそうだ。
ゴールデンウィーク直前の4月27日も、2人組の女性が「もう限界だ。我慢ができない」と寺にやってきた。
「このご婦人から『本に載ってるのに』とえらい怒られました。それで見せてくれたのがガイドブックでした」
六甲山エリアを紹介したガイドブック『るるぶ六甲山有馬温泉』(JTBパブリッシング)が「鷲林寺」にトイレを意味する「WC」マークをつけて紹介していた。
最新号だが、発行は2018年3月とのこと。確認や許可のないまま掲載された情報を見た旅行者やハイカーが寺にトイレを借りに来る理由がわかった。
SNSのフォロワーから、別の出版社のガイドブックでも紹介されていると指摘されたことから、藤原さんはそれぞれの出版社に問い合わせた。
藤原さんによると、連絡した1社からは、掲載されていたガイドブックがかなり古いものだったこともあり、在庫の残る書店からの撤去に動くと説明されたという。また、現地調査時に寺側に確認をとらなかったことについても謝罪を受けたそうだ。
JTBパブリッシングも公式サイトに『るるぶ六甲山有馬温泉』の訂正情報を出した。
5月9日に出たシンプルな訂正は、寺の都合だけで使えなくなったと受けとられかねない内容だったこともあり、11日になると事態の経緯や謝罪も含めたものに改められた。
該当の『るるぶ』を作ったJTBパブリッシング西日本支社の編集部が5月12日、弁護士ドットコムニュースの取材に答えた。
『るるぶ』では、トイレの情報を掲載する際は「観光スポット」として紹介する施設などには掲載確認をとるが、鷲林寺は「観光(ハイキング)ルート上でのスポット」だったため、確認しなかったという。
2018年号が最新版ということで、およそ5年にわたり、トイレ情報が掲載されたことになる。その間、鷲林寺のトイレ問題は把握していなかったそうだ。
なお、電子書籍の『るるぶ』から鷲林寺のトイレマークを削れるか、社内で検討中だという。
⚫️コンビニ業界からも共感の声「私たちは公衆トイレじゃない」
藤原さんはこう話す。
「せっかく現地まで取材に来たのであれば、寺務所に一言だけ確認してもらえば済んだことかもしれません。ですが、私のSNSへの発信や直接の問い合わせは、特定の出版社を責めたいからではなく、みんなに公共のトイレのあり方を考えるきっかけにしてもらいたいからです」
山を愛する人の気持ちも、ハイキングが好きな人の気持ちも理解している。彼らにとって、鷲林寺のあるエリアにトイレがなければ大変困ってしまうこともわかっている。だからこそ、40年間、嫌な思いをしてもハイカーに開放した。
「ここにあったトイレは絶対に必要なものです。でも、あまりにマナーがひどい。だから、廃止までには悩んだし、廃止してからもきつい気持ちになりました」
寺が公共性の高い施設とはいえ、その「絶対に必要なもの」であるトイレの負担を無償で担うことの是非は問われるべきだろう。
だから、西宮市にも寄贈を持ちかけたし、市ができないなら、県が管理してほしいという気持ちも持っている。
2007年に新しく建て替えられた寺のトイレは、西宮市の「都市景観賞」を受けた。紹介した市の公式サイトには、今でも「参詣者だけでなくハイカーなど一般の人々にも利用できるよう配慮されています」と書かれている。
「市の説明もそもそも間違っているんですよ」と藤原さんは言う。
昨年11月に、トイレの取り壊しを発表した際、「私たちも悩んでいる」と寺にメッセージを寄せたのは、コンビニで働く人たちだった。コンビニもまた、社会インフラとしてトイレの開放を期待され、その管理のあり方が問題になっている。
「コンビニだって公衆トイレ扱いされていて、私は同じ問題だと受け止めています。多くの人に公共性の高いトイレの管理のあり方を考えてほしいです。そして、そもそも、人の物も自分の物も大切に使う道徳心やマナーがあったはずです」
取材に応じた『るるぶ』編集部も、民間施設の「公衆トイレ化」は問題だと認識していないわけではない。
今回のように、トイレ表記をめぐって寺から問い合わせを受けたのは初めてのケースだった。しかし、山に関する図書を扱う別の編集部には、山のふもとにあるバーベキュー場から「トイレの使い方が悪いので、表記しないでほしい」などの問い合わせが昨年ころから届き出したという。
そこで、るるぶでも今後はトイレ情報を紹介する際には注意を払っていく考えだ。
「特にハイキングについて紹介する場合、どこにトイレがあるかが重要なため、できればトイレ情報は掲載したい。市が管理している公衆トイレであれば掲載は続けていく。しかし、ハイカーの質の問題もあり、迷惑をかけるわけにはいかない」(『るるぶ』編集部)。