ビッグサンダーマウンテンに乗って尿管結石が出た人続出…実証研究で排石率は先頭席12.5%、最後部席63.9%【2023編集部セレクション】 | ニコニコニュース
※本稿は、中尾篤典・毛内拡(著)、ナゾロジー(協力)『ウソみたいな人体の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)の一部を再編集したものです。
■おしっこにまつわる謎・尿管結石の新しすぎる治療法
少し汚い話ですが、次はおしっこと膀胱(ぼうこう)の話です。
尿管結石は、腎臓から膀胱までの尿が通る管の中に石ができる病気です。石が詰まることで腎臓で作られた尿が出なくなり、腎臓が腫れて大変な痛みが出ます。救急外来でよく見られるありふれた疾患で、ライフスタイルや遺伝等も影響するといわれていますが、実は未だにはっきりとした原因はわかっていません。
その痛みは激烈で、原因としては骨から溶け出したカルシウム成分や脱水、長時間の同じ姿勢、激しい運動などが推測されています。アメリカ宇宙局(NASA)①や軍隊②では任務中の尿管結石を予防するために膨大な予算で研究が行われているそうです。
アメリカにはオーランドのディズニーランドでビッグサンダーマウンテンに乗った後で尿管結石が出てきた、と自慢する患者さんが多くいるようです。
これが本当なら、画期的な治療法が見つかるかもしれない、と自らジェットコースターに乗って尿管結石を治療するという研究を真面目にやった人たちがいます。
2016年にミシガン州立大学の研究者たちが発表した論文③によれば、研究グループは患者さんから実際に出た3つの異なる大きさの結石を用意し、その結石をシリコンで作った腎臓のリアルな模型に入れさらにそれをバックパックに入れ、ビッグサンダーマウンテンに自ら20回ずつ乗り込んで実験しています。
最初は模型ではなく、牛や豚の腎臓を使っていたそうですが、家族で楽しむアミューズメント施設には不適切だということで、許可されなかったそうです。結果は、先頭座席では排石率が12.5%前後であったのに対し、最後部では63.9%の結石が出たそうです。結石は5mm以上の大きさになると、痛みや疼痛が出たり、手術が必要になってきたりしますが、研究グループはジェットコースターにより、この大きさになる前に石を取り除くことができると主張しています。
このほかにも、乗馬や、インドに伝わる特殊なヨガがいいという報告④もあります。いずれも尿路が揺さぶられ、振動やGの力を利用して石を動かし、通過を促進して石を出すという考え方です。ちなみに、このビッグサンダーマウンテンの研究は2018年にイグノーベル医学賞を受賞したそうです。
■「おしっこがしたい!」欲はどこから来るか
膀胱・おしっこ関連でもうひとつご紹介しましょう。人間の基本的な感覚には、味覚、嗅覚、触覚、視覚、聴覚の五感があります。一方で、「おしっこがしたい」と感じる尿意というのは、そのどれにも当てはまらず、第六感(?)というのかもしれません。
膀胱がいっぱいになると尿意を感じ、排尿中には膀胱の中身が減っていくのを感じますが、この臓器の伸び縮みを感じる感覚というのは、これまでよくわかっていませんでした。こうした感覚――つまり体内の力学的な刺激を感知する機能が、私たちの身体に備わっていることが最近明らかになりました。「メカノセンサー」と呼ばれるこの機能についての研究報告は⑤、おしっこが出にくくなったり、逆に頻尿になったりする排尿障害の治療にも役立つ可能性があるとして注目されています。
この研究チームの中心であるアーデム・パタプティアン博士は、2010年に組織の歪みを感知するメカノセンサー「PIEZO2」とその姉妹タンパク質「PIEZO1」を初めて同定した偉い先生で⑥、その功績が認められ2021年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
PIEZO(ピエゾ)という言葉は、圧や押さえるといった意味のギリシア語らしいのですが、細胞内に情報を伝えるセンサータンパク質の一種です。私たちの身体は、刺激が与えられたときに、その刺激は神経を通じて脳に信号として伝わっていきますが、それは細胞の外側の膜に備わっているイオンチャンネルが働いて、細胞内にイオンを透過させ電気の流れを生み出すことによって信号を伝えているのです。PIEZOはそういったイオンチャネルタンパク質の一種です。つまり、PIEZOはある組織の細胞膜に伸び縮みがあったとき、その圧力や伸展・収縮の刺激を脳に伝えるセンサーなのです。
PIEZOの一種であるPIEZO2は、私たちの全身の様々な臓器や組織に存在していることがわかっています。例えば、肺の伸びを感知して呼吸を調整したり⑦、血管内で血圧を感知したり、また皮膚の触覚を媒介する役割も担ったりしていることが判明しています。このようにPIEZOは私たちの身体の知覚において、非常に重要な働きを持っています。
アメリカの研究チームは、PIEZO2の機能がない遺伝子変異を持って生まれた2人の若い患者の協力を得て、PIEZO2の役割を検討しています。PIEZO2遺伝子に変異のある患者は、知能や読み書きなど日常生活にはほぼ問題がないにもかかわらず、目隠しをされると、ほとんど歩けなくなってしまいます。
■不思議な膀胱の仕組み
また、対象物の場所を確認した後にもう一度それに触れようとしても、どうしてもその位置がわからなくなってしまうのです。さらに、膀胱が満タンであるという感覚に乏しく、失禁を避けるために排尿を予定通り行うことや、排尿時に膀胱を完全に空にするということもできませんでした。⑧
そこで、パタプティアン博士の研究チームはPIEZO2が欠損したマウスを人工的に作り実験を行いました。普通のマウスの尿路には、PIEZO2が存在しており、それが組織の伸縮を検知し、膀胱が満タンになると神経を通じてサインを送り、排尿を促進させています。
しかし、PIEZO2が欠損していると膀胱が満たされていることを感知できなくなり、排尿時の筋肉制御にも異常が見られました。これらの実験から、マウスも人間も、正常な膀胱の感覚や、正常な排尿にはPIEZO2が必要であることがわかりました。
一方で、PIEZO2がないと全く排尿が行えないわけではないことから、別のメカノセンサータンパク質が排尿に関与している可能性が考えられます。足りない機能は他の機能で補い合うのかもしれません。
この研究が進めば高齢者の排尿障害なども治療できるようになる可能性がありますが、実は排尿のシステムがどのように機能しているかは未だ十分な研究が行われていません。普段何気なく行っている私たちの排尿ですが、意外と解明されていないことが多いのです。
出典
① National Aeronautics and Space Administration. Human Research Program: Human Health Countermeasures Element: Evidence Book: RiskofRenalStoneFormation. Houston, TX: Lyndon B. Johnson Space Center; 2008.
② Urinarystones,activecomponent,U.S.ArmedForces,2001-2010. Medical Surveillance Monthly Report. 2011; 18(12): 9-12.
③ Mitchell MA, Wartinger DD. ValidationofaFunctionalPyelocalycealRenalModelfortheEvaluationofRenalCalculiPassageWhileRidingaRollerCoaster. J Am Osteopath Assoc. 2016; 116(10): 647-652.
④ Bailey MR. EvaluationofRenalCalculiPassageWhileRidingaRollerCoaster. J Am Osteopath Assoc. 2017; 117(6): 349-350.
⑤ Marshall KL, et al. PIEZO2insensoryneuronsandurothelialcellscoordinatesurination. Nature. 2020; 588: 290-295.
⑥ Coste B, et al. Piezo1andPiezo2AreEssentialComponentsofDistinctMechanicallyActivatedCationChannels. Science. 2010; 330: 55-60.
⑦ Nonomura K, et al. Piezo2sensesairwaystretchandmediateslunginflation-inducedapnoea. Nature 2017; 541: 176-181
⑧ Chesler AT, et al. TheRoleofPIEZO2inHumanMechanosensation. N Engl J Med. 2016; 375: 1355-1364.
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医師、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科救命救急・災害医学講座教授
1967年京都府生まれ。岡山大学医学部卒業。ピッツバーグ大学移植外科(客員研究員)、兵庫医科大学教授などを経て、2016年より現職。著書に『こんなにも面白い医学の世界 からだのトリビア教えます』『こんなにも面白い医学の世界 からだのトリビア教えますPart2』(共に羊土社)がある。
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脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員などを経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。
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