こう語ったのは、2008年のマーベル映画『アイアンマン』の脚本家だ。ロバート・ダウニー・ジュニアが演じた主人公は、派手な遊び人として世間を騒がせる発明家であり大企業CEO。そのモデルとなったのが、テスラ創業者たるイーロン・マスクだった。
資産だけでなく、女性関係も派手
世界一の富豪であるマスクは、アメリカにおいて「大衆文化アイコンになった唯一のテックCEO」とも言われる。実際、彼はセレブリティ、いわば芸能人的な存在だ。同国の人気TV番組で『スーパーマリオ』のキャラクター、ワリオに仮装したこともあるし、ラッパーとしても楽曲をリリースしている。ジョニー・デップと泥沼裁判を繰り広げた元妻であり俳優アンバー・ハードとも浮名を流した。
2020年には、個性派歌手グライムスとのあいだに産まれた子どもを「X Æ A-Xii」と命名し衝撃を呼ぶ(「エックス・アッシュ・エートゥエルブ」と読む)。本人は否定しているが、盟友だったグーグル共同創業者の妻との不倫関係も報じられた。
政治領域の逸話もゴージャスだ。よく知られているのは、ドナルド・トランプ元大統領との愛憎関係だろう。関係が良好だった2020年、トランプは航空宇宙メーカー、スペースXの宇宙船打ち上げ式典で行なったスピーチ中、CEOたるマスクに起立を命じた。そこで立ちあがった彼に対し、観衆はその日最大の拍手を浴びせたという。目立ちたがり屋で知られた当時の大統領は、歓声を止めるべく新たな命令を下した。「イーロン、やっぱり座れ!」。
2022年現在、ツイッター買収劇の波乱をリアルタイム投稿しているマスクは、どの芸能人よりも「話題の人」だ。その点『アイアンマン』の脚本家の解釈は当たっていた。しかし、冒頭で紹介したマスク観の続きが警句であったことも重要だろう。
「ビジネスマンが芸能人のようになるのは危険です。たった一つのスキャンダルで数十億ドルの損失になる。CEOに求められるのは、喋りすぎないこと、良き振る舞い、寡黙な像です。芸能人とのデートでゴシップ誌を騒がせると、酷い事態につながる」
これこそ、イーロン・マスクを唯一無二の富豪にしている理由だろう。今日の有名CEOは、株価等への配慮により、スキャンダルにつながる言動を控える。対して、マスクは、物議をかもすパフォーマンスで存在感を高めつづけている。
約5年前に起きた「キャラ変」
実のところ、マスクは、ここ5年で「キャラ変更」を行ったと評されている。2000年代ごろの彼のイメージは『アイアンマン』のような「世界を救おうとする天才」だった。南アフリカ出身の彼は、インターネットビジネス創成期に成功したのち、前述のスペースX、そして電気自動車企業テスラを興した。それぞれの業種で政府支援機関や巨大企業、ガソリン車が主流だったころ「逆張り」の勝負に出たのだ。
火星入植、クリーンエネルギー利用促進といった野望の根底には、地球をむしばむ気候変動への危機感があった。それゆえ、アンチ事業計画、身内にかたよる人事、専門家軽視といった荒々しい経営スタイルすら、スーパーヒーローのような魅力につながっていたのだ。
「キャラ変更」が起こったのは2018年ごろだ。彼の伝記著者であるアシュリー・ヴァンスの言葉を借りれば「世界を救おうとする天才」から「賛否がわかれる哲学者兼インターネット荒らし」になった。自己を解放するように、物議をかもすツイッター投稿が増えたのだ。
たとえば、同年、タイの洞窟で遭難した少年たちを救出するために小型潜水艇を提供した件。その支援を「成功する見込みのない話題づくり」だと批判した救助者に対して「小児性愛者」と罵倒するツイートを投稿したことで、テスラ株を約3%急落させた。
さらに、テスラを上場廃止して非公開企業化する考えをツイートしたために、証券詐欺として米証券取引委員会から提訴され、会長職辞任、2000万ドルの罰金支払に追い込まれた。
マスクは、注目の代償として、経済的な代償を支払ってきたのだ。前出ヴァンスいわく、このスキャンダル路線すら、彼がつづけてきた「事業が安定するたび全力をつくしてすべてを危険に晒していく」経営スタイルの線上にある。
物議をかもす「インターネット荒らし」スタイルはとどまることがなかった。2020年には、新型コロナウイルスワクチンへの疑念やリベラル批判をツイートしていき、政治議論を巻き起こしていった。そこから1年でツイッターフォロワーは2倍になり、1億人に達したという。
「キャラ変更」によって「大衆文化アイコン」になったイーロン・マスクだが、面白いのは、ポップカルチャーのスターの間でも賛否がわかれているところだ。
「賛否がわかれる哲学者兼インターネット荒らし」という像は「我が道を行きながら巨万の富を築きあげた成功者」とも言い換えられる。それゆえ、支持が集まるのは、ハングリー精神あふれるヒップホップ業界だ。大統領選挙に出馬したお騒がせラッパー、イェ(旧名カニエ・ウェスト)との親交が有名だが、リル・ウージー・ヴァートやマシン・ガン・ケリーといった若手スターもマスクに肯定的に言及する楽曲を発表している。
政治領域でも暴れる「インターネット荒らし」として、反発も大きい。特に、近年のマスクが「おちょくり」つづけているリベラル派。今回のTwitter買収を受けて、同サービスの利用をやめる芸能人も見られる。
主な理由とされるは「言論の自由」を重視するマスクが投稿削除ルールなどの規制をゆるめることで、暴力的な差別主義者が野放しの「地獄」状態になるという見立て。ベテラン歌手トニー・ブラクストンは「(Twitterは)私と子どもを含む有色人種にとって、安全な場所ではなくなってしまった」と明かした。人気モデルのジジ・ハディッドも「ますます憎悪と偏見の肥溜めになっていっている」と語りTwitterから去っている。
イーロン・マスク体制下のTwitterが「地獄」のようになるかは、まだわからない。しかし、本人としては、とっくのとうにそのような場所にいる心持ちかもしれない。
「キャラ変更」直前の2017年、「世界を変革する企業家」となった代償として絶えず精神的苦痛にさらされていることを明かした彼は、まことにイーロン・マスクらしい哲学を明かしていた。「自分で地獄行きの切符を買ったんだ。だから、今いる地獄を責めるのはフェアじゃない」。
(辰巳JUNK)