AIに仕事が奪われる?画像生成系AIはイラストレーターやマンガ家を殺すのか
◆話題の「生成系AI」とはなんなのか
「生成系AI」という言葉をご存じだろうか。2022年にアメリカのIT企業、Open AI社がチャットの形式で答にあたるテキストを自動生成するサービス「Chat Gpt」を公開して以降、ビジネスシーンでも話題になっているAI(人工知能)を使った画像やテキストを生成するオンラインサービスが現在「生成系AI」と呼ばれているものだ。
テキスト生成AI(AIチャット)に関しては、2023年5月22日に東京工芸大学、富士通などが合同で国産スーパーコンピュータ「富岳」を使ったAIを開発することが発表され話題になっている(日経新聞5月22日『日本語能力の高い生成AIの基盤技術、スパコン「富岳」で開発へ…東工大・富士通などのチーム』)が、ここではテキストやイメージを元にAIによって独自の画像を生成するサービス「画像生成系AI」が国内外のクリエイターたちのあいだに巻き起こしている波紋を見ていこう。
画像生成AIは2022年8月にMidjourney、Stable Diffusionの二つのシステムがリリースされ、これらを利用したオンラインサービスが登場したことで注目を集めた。
あらかじめ学習した大量の画像データを元に、AIにオリジナルの画像イメージを出力させるこのテクノロジーは、コンテンツ制作やグラフィックデザインにおけるコスト削減につながることを期待されるいっぽう、簡単に高品質なグラフィックイメージを生成できてしまうことから、現役のイラストレーターやマンガ家からは自分たちの「仕事を奪う」技術として、その危険性を指摘する声も大きい。
今のところ、この技術は2023年4月末に日本語対応したMicrosoftが提供している「Bing Image Creator」に代表される、チャットのようなかたちでユーザーが画像の具体的なイメージをテキストとして打ち込み、AIが画像を生成するデモ的な使われ方が主流だが、Adobeがクリエイター向けの「Illustrator」、「Photoshop」といった自社ソフトに画像生成AIを組みこみ、ユーザーが作成したラフ画をAIによって補完する、画像の加工、修正にAIを利用するといった、より実践的なソフトウェアへの機能実装も始まっている。
では、本当にこの技術は、イラストレーターやマンガ家にとって脅威なのだろうか。
◆「学習」にまつわる著作権上の問題
画像生成AIの実用化によって現在進行形で問題とされているのは、まずAIによって「学習」される画像素材の著作権的な扱いをどう位置付けるかという点だ。
現行の日本の著作権法においては「第三十条の四」の二項に「情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。」という記述が2018年の著作権法改正によって導入されており、事実上「AIによる学習」のための素材としての画像データの利用は著作権侵害とは認められないのである。
また、現在ネットなどで見られる著作侵害にまつわる危惧の多くは、AIによる画像生成によって学習させたクリエイターの創作物にそっくりなものが出力されることだが、じつはAIが自動生成したテキストや画像は著作権法上は「著作物」ではない。
著作権法「第二条の一」に著作物の定義として「思想又は感情を創作的に表現したもの」という規定があるため、人間ではないAIが出力したテキストや画像は「思想又は感情」を「創作的に表現したもの」とは看做さない、という法解釈が一般的だからだ。
つまり、日本において学習素材としての画像は現行著作権法においては「著作権侵害」の要因とはなりえないのである。
今後画像生成AIが著作権、知的財産権的な問題を生じるとしたら、むしろ生成の結果としての画像の利用に関する問題としてだろう。
すでにFantia、pixiv、Skebといったイラスト創作系コミュニティ、サービスがAIを利用した画像販売の規制をはじめているが、個人的にはAIを用いたオリジナル創作への規制自体は将来的にはアナログ創作と併存するかたちに発展していくいくだろうと考えている。
参考)
Fantia 5月10日『AI作品の取り扱い一時停止について』
弁護士ドットコム 5月11日『画像生成AIの「悪用」に絵師たちが反発、pixiv上でイラスト非公開に…福井健策弁護士に聞く』
IT Media 3月2日『Skeb、AI画像検出AIを導入 取り締まり強化へ「AIはクリエイターを置換する技術ではない」』
AdobeのクリエイティブツールへのAIアシスタントの導入に象徴されるように、「著作物」としてのグラフィカルなイメージの構築自体は人間のイマジネーションが主導してなされるものであり、画像生成系AIの存在はそのサポートをするためのものだと考えるべきだ。
問題なのは、AIによって特定の企業や個人によってライセンス管理されているキャラクターデザインや世界観をそのまま流用したハイクオリティな画像イメージがかなり簡単に生成できてしまうことだろう。たとえば映画『スターウォーズ』などは、YouTubeなどですでにAIを利用した二次創作が相当量発表されている。
生成系AIを使用した『スターウォーズ』やマーベルヒーローなどの即マネタイズに直結するようなタイトルの二次創作の増加は、時間の問題でライセンス元によるなんらかの二次創作規制を導くのではないだろうか。
◆過度な期待でも脅威論でもないクリエイターによるAI利用
日本でもアメリカでも早速マンガ創作でも画像生成系AIを利用しようとする動きも出てきているが、実際にはテキスト入力のみによって自分がほしい画像を出力させることは自分で絵を描くのとはまた異なった手間やスキルが必要とされる。
生成系AIの登場によってグラフィカルな表現の方法論やその制作現場は少なからず変化を強いられることになると思われるが、それは現在活動しているイラストレーターやマンガ家の職を一方的に奪い去るようなものでも、まったく絵が描けない人間が即座に自由自在にイラストやマンガを描けるようになるようなものでもないはずだ。
過度な恐怖や過剰な期待に踊らされることなく、この新しいテクノロジーと出来るだけ有効に付き合っていきたいものだと思う。
<文/小田切博>
【小田切博】
フリーライター。著書『誰もが表現できる時代のクリエイターたち』、『戦争はいかに「マンガ」を変えるか:アメリカンコミックスの変貌』(NTT出版)、『キャラクターとは何か』(ちくま新書)共編著『アメリカンコミックス最前線』(大日本印刷)。東京工芸大学非常勤講師。明治大学米沢嘉博記念図書館スタッフ。