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確実にもらえる公的手当300万円を丸々もらいそびれた…子宮頸がんで手術・治療中の30代女性の致命的ミス | ニコニコニュース

健康保険や雇用保険には、病気やケガで休業したり失業したりした人に対して支給する手当の仕組みがある。だが、FPの黒田尚子さんは「その仕組みを知らないばかりに、もらえるはずのお金をもらい損ねる人が少なくありません」という。子宮頸がんに罹患した30代女性のケースを紹介しよう――。(前編/全2回)

毎年約100万人が罹患(りかん)している、がん。原因のひとつは細胞の老化と言われる。つまり高齢者が増えるとがん患者も増える。2025年にはすべての団塊世代が75歳を迎え、日本の人口の2割が後期高齢者に。他の世代よりも必要な医療費や介護費用が多くなる。

そんな中、がんは医療の進歩によって生存率が伸びている。もちろんそれは喜ばしいことだが、治療期間が長引き、医療費や生活費のねん出、治療と仕事の両立など、社会経済的な問題が患者とその家族にのしかかってくることも忘れてはならない。

筆者はFPとして、医療機関で、定期的にがん患者さんやご家族からの相談を受けている。本稿では、実際の相談事例から、がんによる経済的リスクのリアルとそれを取り巻く環境についてご紹介したい。

■もし、がんにならなかったら「年間2兆8000億円」の節約?

2023年8月、国立がん研究センターは、日本人のがんによる総経済的負担が年間約2兆8000億円(男性約1兆4946億円、女性約1兆3651億円)にのぼるという試算を発表した。

これは、がんに罹患することで、発生する医療費や、就労不能による労働損失を、社会的視点から算出したもので、2015年時点のがん患者数や直接医療費などが用いられている。

巨額の総経済的負担にも驚いたが、この試算発表の中で筆者が注目したのは、「約1兆240億円が予防可能なリスク」ということ。がん予防の経済的効果は想像以上に大きいのだ。

がん予防の柱となるのが「がん検診」だが、コロナ禍の影響を受け、ここ数年、がん検診を自粛する人も多かった。日本対がん協会の発表によると、コロナ禍前の2019年と比べて、2020年の受診者数(5大がん検診)は27.4%減、2021年は回復したものの10.3%減となっている。

2022年はコロナ禍前と同程度に戻ったものの、最近、進行がんで見つかった患者の中には、自粛中に、がん検診を受けていたら、早期の状態で治療を受けられたかもしれない人は確実にいたはずだ。

■受け取れたはずの「300万円」の給付金

首都圏在住の田中遥香さん(仮名・30代)もそのひとりだ。

遥香さんは、昨秋、子宮頸(けい)がんと診断され、手術。現在も治療を受けている。これまで2年に1回、自治体の子宮頸がん検診を受けていたが、コロナ禍もあり、5年ほど検診を受けていなかった。若いだけに、もっと早く見つかっていれば、予後が違っていた可能性はある。

遥香さんは独身で一人暮らし、現在無職だ。もともと保育士として10年以上勤務していたが、告知を受けて、すぐに退職してしまったという。

保育士は、小さなお子さんをお世話しますから、体力も気力も使います。勤務先は人材が慢性的に足りていなくて、術後すぐにフルタイムの復職を求められました。でも、治療をしながら、ハードな勤務を続けられるか自信がなくて……」

遥香さんは、残念そうに現状を話してくれたが、もっとも気にかけているのは、これからの医療費や生活費のことだ。貯金は100万円未満で、賃貸マンションの家賃などを考えれば、かなり心もとない。そこで、がん患者が受けられる公的制度を説明すると、非常に大切なお金を受け取っていないことが判明した。それは「傷病手当金」である。

傷病手当金とは、健康保険など公的医療保険からもらえる所得補償のしくみで、がんを含む病気やケガによる休職中の収入減をカバーできる。

もらえる傷病手当金の額は、1日につき休業開始前1年間の標準報酬月額の3分の2。遥香さんの場合、退職時の月給は約25万円で、約17万円だった。

スタンダードな制度だが、遥香さんはその存在を全然知らなかった。しかも、この傷病手当金は退職しても一定の要件を満たせば受け取れる(最長1年6カ月まで受給でき、遥香さんの場合、総額300万円以上)のだが、退職後に後述する雇用保険(失業手当)をもらう手続きをしたために、傷病手当金は受け取れなくなってしまったのだ。

傷病手当金支給を受けるには「働けない」という医師の証明が必要で、勤務先を休職して受給する場合、ここから社会保険料などを差し引かれるため、丸々手取りになるわけではない。それでも、申請して認められれば、非課税でもらえるお金だ。

傷病手当金が受け取れれば、当然、治療費や生活費の足しにすることができ、貯蓄もそれほど取り崩さずに済む。何より経済的な支援があることで、安心して治療に専念できただろう。

ところが、遥香さんは1円も支給されなかった。なぜなのか。

■がんになっても「お金のことなんて、誰も教えてくれなかった」

「仕事を辞める時、お金のことなんて、誰も教えてくれませんでした」

傷病手当金の仕組みを聞いた遥香さんは、がっかりした様子でこうつぶやいた。残念ながら、患者さんの相談を受けていると、遥香さんのように、もっと早い段階で正しい情報を知っていれば良かったというケースは案外多い。もらえるお金を丸々損しながら、その事実をいまだに認識していない人も少なくない。

悪いことに遥香さんに関してはさらに残念な事実が判明した。

退職後の収入源となる雇用保険の「基本手当」。いわゆる失業手当とか失業保険とかと言われ、多くの人が利用している制度だ。この基本手当は、失業中の生活をまかない、離職者が就職活動に専念するために、失業する前の賃金の一定割合が給付される。

遥香さんも、退職後にハローワークで手続きをして、すでに基本手当を受け取っていた。問題は、基本手当が退職理由によって、受給資格が緩和されたり、給付開始時期が早くなったりするのを本人がまったく知らなかったことである。

遥香さんは、自己都合で退職したとして「一般受給資格者」となっていた。しかし、やむを得ない事情で退職をした人のために、「特定受給資格者」および「特定理由離職者」が設けられている。前者は、会社が倒産したり、解雇を命じられたりした場合、後者は、病気やケガが原因で退職した場合などである。要は、やむにやまれぬ事情で退職した人に対しては、優遇措置が設けられているのだ。

■基本手当は退職理由によって優遇措置が受けられる

とりわけ、基本手当の所定給付日数が長くなるインパクトは大きい。基本手当が受け取れる日数は、自己都合で退職した場合、退職した年齢にかかわらず、雇用保険の被保険者であった期間によって90~150日と決められている(【図表1】)。

一方、特定受給資格者および特定理由離職者、特定理由離職者のうち雇止めを受けた者の場合、日数は年齢と雇用保険の被保険者期間に応じて異なり、90~330日と、自己都合退職よりも長くなる可能性が高い(【図表2】)。

遥香さんは、「自分の都合で辞めるのだから」と、何の疑問も持たず、7日間の待機期間と2カ月の給付制限期間を経て、基本手当を受け取っていた。給付日数は120日で、日額5500円ほど。総額約67万円になる。

しかし、遥香さんが辞めたのは、がんと診断されたからである。特定理由離職者と認められれば、雇止め等ではないため給付日数は変わらないものの、2カ月の給付制限期間は免除される。貯金も少ない遥香さんにとって、1日でも早く基本手当が受けられるのはありがたいことに違いない。

■自分の体調や治療の状況に応じて適切な制度を利用する

なお、特定理由離職者に該当するか否かは、勤めていた先や離職者本人が判断するものではなく、医師の診断書などに基づきハローワークが判断する。

筆者も、退職前後の患者さんには、「ハローワークに行った際、離職理由を説明して、特定理由離職者に該当しないか必ず確認してください」とアドバイスしている。

ただ、我々のような専門家は必ずしも相談者が「得する」ようにアドバイスするわけではない。患者さんの現状に応じて、適切な公的制度などを利用していくことを念頭に置いている。

例えば、そもそも、基本手当は、働く意思と能力はあるが就職できない「失業している状態」にあることが受給要件で、ハローワークで求職の申し込みを行わなければならない。遥香さんは、頑張ってハローワークに通っているものの、治療中の今、すぐに働ける状態なのだろうか。

基本手当の受給期間は、離職日の翌日より1年間と定められているが、実は、病気や妊娠出産などで、1年以内に30日以上継続して働くことができない場合は、最大3年間受給資格を延長することができる。

遥香さんは、がん治療で働くのが難しいと自己判断して傷病手当金を申請しないまま退職。ハローワークで基本手当の受給の資格期間延長手続きもしなかった。もし、傷病手当金の受給期間(最長1年6カ月)が終了して、体調が戻り働けるようになれば、特定理由離職者として、基本手当を受給しながら、求職活動をすることができたかもしれない。

医療機関における相談は、このように、患者さんの体調やお気持ち、治療の見通し、経済状況などにあわせて、ベストな選択肢をご提案していく。

ただ、患者さんの中には、「もらえるものはすべてもらいたい」とばかりに、「こうしたら、必ずもらえるんですよね」と専門家の言質や“お墨付き”を取りたがる人がいる。

筆者も同じ乳がんサバイバーとして、その気持ちはよく理解できる。でも、このような人は、自分でも何がしたいのかわからなくなり、かえってどの給付金も受け取れず、自滅してしまうパターンが少なくないことはお伝えしておきたい。(以下、後編へ続く)

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黒田 尚子(くろだ・なおこ)
ファイナンシャルプランナー
CFP認定者、1級FP技能士。一般社団法人「患者家計サポート協会」顧問、城西国際大学・経営情報学部非常勤講師もつとめる。日本総合研究所に勤務後、1998年にFPとして独立。著書に『親の介護は9割逃げよ 「親の老後」の悩みを解決する50代からのお金のはなし』など多数。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/atbaei

(出典 news.nicovideo.jp)

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