「アマゾン薬局」は救世主か、破壊者か…日本における「薬局業界」の今後 | ニコニコニュース
2023年、アメリカのアマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)が、日本で処方薬のネット販売に参入すると日経新聞をはじめ、さまざまな媒体で報じられています。日本の薬局業界に「アマゾン薬局」が参入すると、どのような影響を受けるのでしょうか? みていきます。
アマゾン、ついに日本の薬局業界に参入か
アマゾンによる処方薬のネット販売、通称「アマゾン薬局」。実は、アマゾンによる公式発表はまだ行われておらず、さまざまな憶測のみが飛び交っている状況です。業界の近況を鑑みながら、予想されるビジネススタイルについて説明していきます。
まず、「アマゾン薬局」と呼ばれていますが、アマゾン自体が調剤薬局を行うわけではないとみています。中小薬局と利用者をつなぐ、「処方薬の流通プラットホーム」を提供すると思われます。「アマゾンマーケットプレイス」に調剤薬局が出店するイメージをしてもらえば、わかりやすいかもしれません。
アマゾンが日本の処方薬ネット販売に参入してきた背景は、2023年1月26日から運用開始される「電子処方箋」があると考えられます。「電子処方箋」とは、処方箋のデジタルデータ化、医師・歯科医師・薬剤師がオンラインで管理する仕組みのことです。処方箋はいままで紙のみで発行されていましたが、患者は希望すれば電子データで受け取ることが可能になります。
電子処方箋が導入されれば、オンラインで薬の処方を受けやすくなるでしょう。患者は電子処方箋の控えにある「引換番号」を、電子処方箋に対応している薬局に伝えます。オンラインでの服薬指導の希望を伝えれば、宅配便でも薬を受け取れるようになります。つまり、薬局に行かなくても、自宅で薬が受け取れるようになるのです。さらに、「オンライン診療」も利用すれば、病院に足を運ばなくても、診察から薬の受け取りまでワンストップで行えるようにもなります。
ちなみに、オンライン服薬指導についてですが、いままでは対面が義務付けられていたところ、2020年9月からパソコンやスマートフォン等のビデオ通話機能を利用したオンライン服薬指導が解禁となりました。
メインターゲットは定期的に通院が必要な人
おそらく「アマゾン薬局」がターゲットとしているのは、生活習慣病などの慢性的な病気のため、定期的に処方薬を必要とする患者たちです。高血圧や脂質異常症などで毎日の服薬は欠かせないものの、症状は安定している──。仕事が忙しいなかで、定期的な通院、対面での服薬指導を負担に感じている働き盛りのビジネスパーソンは多いのではないでしょうか。そういった人々にとって、「アマゾン薬局」は魅力的なサービスにみえるでしょう。
ちなみに電子処方箋では現状使用できませんが、症状が安定している患者について、医師の処方により医師および薬剤師の適切な連携のもと、一定期間内に処方箋を反復利用できる「リフィル処方」制度も活用できれば、薬のために通院しているという患者の負担軽減も可能となるでしょう。たとえば、薬をもらうために月1回通院していた人が、3ヵ月に1回で済むようになるのです。
アマゾン薬局の登場により、街の薬局は消滅する!?
では、アマゾン薬局の登場によって街の薬局は消滅してしまうのでしょうか?
現在の薬局の状況をみると、そのようなことはないと思っています。風邪などの突発的な病気の際には街の薬局を利用するでしょうし、デジタルが苦手な高齢者の患者の方々も街の薬局を選ぶでしょう。ただし、街の薬局の数そのものは減ると予想しています。「アマゾン薬局」の利便性を凌駕するきめ細やかなサービス、「質」が担保できる薬局のみが生き残る可能性が高いです。
生き残るためには薬局のDXが不可欠
日本の調剤医療費は、年間約7.5兆円(2020年度)規模の巨大市場です。調剤薬局の数はコンビニよりも多く、実は6万店以上あります。アマゾンが日本の薬局業界がビジネスチャンスと捉えたのは、自然な流れといえるでしょう。
街の薬局は、「質」を高めることはもちろん、DX(デジタルトランスフォーメーション)を積極的に進めるべきです。すでに、大手の調剤薬局チェーンでは、独自のオンライン販売システムを立ち上げるなどの改革を進めています。しかし、中小・個人経営の薬局では、オンライン化への対応が立ち遅れているのが現状です。大手の調剤薬局のシェアはトップ10社を合計しても約15%にすぎません。中小の薬局はDXに本格的に取り組まなければ、「アマゾン・エフェクト」に飲み込まれてしまうかもしれません。
アマゾン薬局以外にも、DXを押し進める法改正が2024年に行われる見通しになっています。それは、薬局における「調剤外部委託」の解禁です。現在、薬機法(『医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律』略称)によって、薬局内での調剤が定められています。しかし、調剤業務は手間とコストが見合わないと考える薬局が多く、「調剤外部委託」が解禁されることで、調剤業務はアウトソーシングし、服薬指導のみを行う薬局が増加することが予想されています。
「アマゾン薬局」が法改正を新たなビジネスと捉え、調剤業務にも乗り出す可能性もあります。それは新たな脅威となるはずです。改めて、DXが急務といえるでしょう。
アマゾン・エフェクトを受ける日本の薬局業界の今後
アマゾン薬局が先に始まったアメリカ…「街の薬局」は消滅したのか?
「アマゾン薬局」の脅威について記載してきましたが、少し目先を変えます。アマゾンはいままで、「アマゾン・エフェクト」と呼ばれる業界再編の波を起こしてきました。
では、2020年からすでに「アマゾン薬局」が開始されているアメリカはどのような状況にあるのでしょうか。オンライン薬局「アマゾン・ファーマシー」で処方薬の販売をスタートしていますが、「アマゾン・エフェクト」が起こっているのかというと、街から薬局がなくなった、といった業界を覆すような話は聞いたことがありません。アマゾンのブランド力を持ってしても、薬局業界の再編はまだまだ難しいようです。
2025年問題を抱える日本…薬局業界の大変革が求められる
日本でも、いきなり街の薬局が激減するといった急激な変化が起こるかというと、アメリカの例からその可能性は低いと予測します。
とはいえ、日本の社会はアメリカと違い、深刻な問題を抱えています。それは、「2025年問題」です。2025年には団塊の世代約800万人が75歳以上の後期高齢者になり、65歳以上の高齢者が人口の3割を占めることになります。「アマゾン薬局」の登場に関係なく、医療の構造をドラスティックに変える、「エフェクト」が求められています。
そのひとつがDXといえるでしょう。超高齢化社会を乗り越えるために、薬局業界全体が知恵と力を合わせて、状況打破のために行動を起こさなければいけない。私はそう強く感じています。
新上 幸二