ただでさえ待たされる「病院の受付」が大混乱に…「マイナ保険証は患者の人命にかかわる」と医師が訴える理由 | ニコニコニュース
■マイナンバーカードを持っていなくても心配なし
私の実家の両親宛に「最後の健康保険証」が送られてきた。
来年の7月31日まで有効と記載されているものだが、現行の健康保険証を廃止しマイナンバーカードと一体化させるという政府の方針がこのまま押し通されるのであれば、来年の7月には次の新しい「紙の健康保険証」は送られてこない。つまり、これが最後の紙の健康保険証ということになる。
“現行の健康保険証が廃止”とされるのは、今年の12月からだ。テレビCMでも、なかやまきんに君や王林、内藤剛志(敬称略)といった芸能人が画面に登場、いかにマイナ保険証が便利であるかを宣伝するし、現行の健康保険証の新規発行が終了することがさんざん強調されるので、12月までに急いでマイナ保険証を作らないと大変なことになるかのように思ってしまっている人も少なくないかもしれない。
しかし心配はご無用だ。マイナ保険証を作っていなくても、マイナンバーカードを持っていなくても、これまでどおりに医療機関で保険診療を受けることはできるからだ。ちなみに私は勤務医だが、マイナ保険証どころかマイナンバーカードさえ持っていない。
「そりゃ医者は自分で処方や検査を自由にできるから必要ないでしょ」と思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。私事だが、股関節と頚椎に持病のある私は、整形外科を患者として受診するから健康保険証はつねに携帯している。
■「マイナ保険証のどこが問題?」に答える本
それでもマイナ保険証を慌てて作ろうと焦っていないのはなぜか。マイナンバーカードもマイナ保険証も、その取得や登録はあくまでも「任意」だからである。この法的たてつけが変わらない以上、これらを所持していない人を医療から排除することは、法的にも完全に不可能なのだ。
だからまったく慌てることはないのである。なんなら慌てて作ってしまったものの、マイナンバーカードをめぐるトラブルが後を絶たない現状をみて不安に思っている人などは、返納しても問題ない。そのようにマイナンバーカードを返納した人であっても、従前と変わらず保険診療を受けられるからだ。
先日、非常に面白く役に立つ書籍が出版された。『マイナ保険証 6つの嘘』(せせらぎ出版)である。著者は“哲学系ゆーちゅーばー”こと北畑淳也氏。この肩書きを見て、「信用できるのか?」と眉を顰める向きもあろうが、中身は至極真っ当。
マイナ保険証のどこが問題なのかわからない人こそ読んでほしいし、モヤモヤした気持ちを持ちつつも、周りの友人などに「なぜまだ作っていないの?」と嘲笑されたときにどう反論したら良いか困っている人にとっては、最適な指南書ともいえるだろう。
以下、本稿では同書の内容の受け売りをしつつ、現在の政府がおこなっている卑怯な「手口」と欺瞞を詳(つまび)らかにしていこうと思う。
■あと4カ月なのに、いまだに9割の人が使っていない
最も重要かつ広く多くの人が知るべき政府がついている「嘘」は、マイナ保険証によって医療を受ける人に大きな便益がもたらされるという点である。
医療を受ける人にとっての便益とはなにか。当然ながらそれは人それぞれ。なにを便益と感じるかは異なるだろう。だがもたらされるであろう「不便益」は多くの人に共通するものだ。よってマイナ保険証導入によって、いかなる不便益がもたらされる可能性があるかを、まず考えてみよう。
あなたが医療機関を受診する状況をイメージしてみてほしい。どの医療機関でも、玄関をくぐっていきなり医師の診察室に入れることはない。まずは受付を済ませる必要がある。そこで健康保険証を提示して、保険診療を受けられる資格を確認する必要があるからだ。
現時点では、健康保険証を提示するか、マイナ保険証を使える医療機関ではカードリーダーでこれらの確認をおこなう。この2通りだ。
ちなみに厚生労働省の説明では、一般の人のマイナ保険証の利用率は今年の3月時点で5.47%。つまりマイナンバーカードを持っていながら保険証として使っていない人が9割以上もいるわけだ。さらに驚きなのは、マイナ保険証を普及させる側ともいえる国家公務員の利用率。これが一般の人とさほど変わらない5.73%という低率なのだ。
■2通りで済む確認方法が、一気に9パターンに増える
各省庁別では、総務省組合の10.31%や厚生労働省第一共済組合の8.4%は例外的に高い数値で、外務省では4.5%、防衛省にいたっては3.54%と一般の人よりも低い。外交や防衛というセキュリティ重視の省庁で働く公務員ゆえ、メリットよりもデメリットを恐れているのではなかろうか、と勘ぐりたくもなる低さといえるだろう。
話を元に戻そう。健康保険証かマイナ保険証のどちらかという2通りで資格確認ができている現状が、今後はどうなるのか。それこそが大問題なのである。同書によれば「健康保険証廃止」によって、この2通りがなんと9通りのパターンに増えてしまう可能性があるというのだ。
②資格確認書
③マイナ保険証+資格確認書
④これまでの健康保険証
⑤パスワードなしの保険証用途限定のマイナンバーカード
⑥マイナンバーカード+マイナポータルのPDFの写し
⑦被保険者資格申立書
⑧スマホマイナンバーカード
⑨新マイナンバーカード
これらのそれぞれが、どういう場合に使われるかの詳細については、ここでは説明できないくらい複雑なので、ぜひ同書を参照いただきたいが、最も重要なのは、これほど多様なパターンがあった場合に、医療現場でなにが起きるかということだ。
■窓口が大混乱に陥るのは目に見えている
体調の悪い時や、時間がなくて早くいつもの薬が欲しいという時に、受付から診察室に入るまで、いくらでも待てるという人はまずいないだろう。なるべく事務的な手続きは早く終えてもらって、さっさと診察を受けて帰りたいというのが、ほとんどの人の要望ではないだろうか。
だが残念ながら、今年の12月以降はそうはいかない。窓口業務が大混乱に陥るからだ。医療機関によく行く人ならわかると思うが、現状でさえ患者さんが集中する時間帯は、受付してから診察室に呼び入れられるまで1時間かかることも珍しくない。
それが患者さんによって資格確認パターンがこれだけ多様で異なってしまうのだから、今より時間が短くなるはずは絶対にないのである。間違いも起こりやすくなるだろうし、機械の不具合などで確認のやり直しが必要となれば、そろそろ診察室に呼ばれるかなと思っていたところで、「もう一度確認させてください」あるいは「今までの健康保険証を持ってきてください」などということも起こるだろう。
■救急車を呼んでも6分以上余計にかかってしまう
じっさいマイナ保険証やオンライン資格確認にかかるトラブルに遭遇したことのある医療機関は全国で約6割あり(全国保険医団体連合会調べ)、こうしたトラブルは8割の医療機関が「その日に持ち合わせていた健康保険証で資格確認した」と答えている。
皮肉なことに、医療現場では「紙の健康保険証」こそが“医療DX”のトラブルを回避するセーフティーネットとなっているのである。健康保険証を「廃止」さえしなければ、大混乱もトラブルも起こらないのに、いったい政府はなにをしたいのだろうか。
窓口では、こうした対応や待ち時間の増加にイライラし、受付の事務員にクレームや暴言を浴びせる人が出てくることも容易に想像できる。そうなればそれに対応する事務員も必要となり、業務はさらに滞って待ち時間は飛躍的に増加するのだ。これが「健康保険証廃止」によって最も想定しやすい「不便益」といえよう。
それでも「日本がデジタル化するなら、医療機関で待ち時間が増えるくらい我慢できる」という人もいるかもしれない。しかし、その待ち時間が医療機関内ではなく、救急車内であっても我慢できるだろうか。
■保険証はもう使えないと誤認させる「詐欺的手口」
同書では、消防庁が2022年におこなった救急活動におけるマイナ保険証活用の実証実験を取り上げている。これも詳細は本文をご一読いただきたいが、結論としては、救急車が現場に到着してから出発するまでの時間が、マイナ保険証の“活用”により、従来より6分26秒も長くかかることが実証されてしまったという。この命にかかわる「不便益」を許容できる人はいるだろうか。
その一方で、政府が発信するテレビCMでは「医療がパワーアップ」するかのような宣伝が繰り返されている。しかしじっさい臨床現場に身を置く医師として率直に言わせてもらえば、マイナ保険証導入によって患者さんの診療にもたらされる「便益」は、ほとんどない。
拙著『大往生の作法在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』(角川新書)でも触れたが、過去の健診データや薬の情報などは見ることができても、それは「無いより多少マシ」というレベルのものだ。なんなら“お薬手帳”のほうが最新の処方歴がわかるので役に立つ。少なくとも医療がパワーアップすることはない。そうであるにもかかわらず、国民にさも多大な「便益」があるかのごとく宣伝するのは「詐欺的手口」といってもよいだろう。
■政府がインチキサプリのCMのような手法をとっていいのか
「詐欺的手口」といえば、冒頭から述べているように、現行の健康保険証の新規発行がおこなわれなくなっても、従来どおり医療機関で保険診療が受けられるのは、紛れもない事実であるにもかかわらず、それをハッキリとテレビCMでアナウンスしない、というのは極めて不誠実である。
例えばこの「今の健康保険証は、今年12月2日 新規発行が終わります。」との文字が大写しになったCMの場合、画面の右下には、目を凝らしても読めない小さな字で「※2024年12月2日時点で有効な健康保険証は、最長1年間使用できます。」との文字はあるものの、マイナンバーカードを持たない人、持っていても保険証として利用登録していない人すべてに申請不要で交付される「資格確認書」についてのアナウンスは一切ない。
これは絶大な効果があるやに謳(うた)うインチキサプリメントのCMで、見えないくらいの小さな字で「(効果は)あくまで個人の感想です」と記す「詐欺的手口」とまったく同じだ。
■医師は今日も患者さんの説明に追われている
そもそも政府は、その国に住まう人が安心して生活することを保障せねばならないはずだ。けっして、不安にさせたり、慌てさせたり、焦らせたり、熟考を妨げたりしてはならないはずだ。
しかしどうだ。今の政府がおこなっているのは、マイナ保険証不保持者に根拠なき不安を覚えさせ、慌てさせ、焦らせ、熟考を妨害しているだけではないか。
今日も外来で、拙著を読んでくれたという90歳の患者さんに「マイナ保険証、どうしましょう? 作ったほうがいいのでしょうか?」と不安げに訊かれたので、私は「かかりつけ医」としてハッキリこう言った。
「慌てて作る必要なんてありません。私だってマイナ保険証どころか、マイナンバーカードさえ持っていませんよ。マイナ保険証がなくても今までどおり保険診療できますから安心して来てくださいね」と。
それはそれはホッとした面持ちで診察室を後にした患者さん。政府の詐欺的手口によって不安に陥れられた被害者たちを、現場では日々こうして手当てしている。
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医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
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