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光浦靖子さんがカナダへ留学した理由 | ニコニコニュース

 50歳という年齢は、人生の後半戦が始まる岐路。「本当にやりたかったことは何だろう?」など悩みが尽きない時期だけど、そんななか、カナダへの留学を実現させたお笑いタレントの光浦靖子さんに注目が集まっています。

 実は、人一倍繊細な光浦さんは、厳しい芸能界で年齢が上がるにつれ、「このままじゃだめになる、なんとかしなきゃ」とずっと思い詰めて悩んでいました。そこからどのように留学を決意し、道を切り開いたのか? その奮闘の日々を綴ったエッセイ『50歳になりまして』(2021年刊行)が、この度文庫版にもなりました! 新刊刊行を記念して、本書の1篇「カナダ」を特別公開します。

なぜ留学先がカナダなのか?

 なぜ留学先をカナダに決めたのか。私の友人が、カナダで商売を始めようと思ってる、という話から始まりました。

 彼は確か私の10個くらい年下だったから30代の後半? いや、前半? わからない。年齢不詳な男です。背が低く、ぽっちゃりしていて、メガネをかけていて、童顔で……そう、中国の富裕層のお坊ちゃまみたいな見た目なんです。でもその風貌と違ってかなりのやり手で、自分の会社をもち、けっこう稼いでいます。ただの白Tシャツが超高かったりします。

 その彼が、アメリカ縦断ドライブ一人旅に出かけました。カリフォルニア州のどっかから、とにかく北へ向かって車を走らせたんです。アメリカはトランプ政権に代わってからギスギスしてしまったのか、元々そうだったのか、都会は大丈夫なのですが、田舎ではちょくちょく差別を受けたようです。人種差別。昔の話じゃないんですね。今でもあるんですね。彼も一応の覚悟はしていたのですが、思っていた以上だったそうです。あの幼く見える、中国富裕層のお坊ちゃまのようなルックスじゃないですか。子供に見えるのにいい服着て、いい車に乗っている。腹たつっちゃあ腹たつんでしょうが、どこぞの街では小学生の女子たちにいじめられたそうです。はい? マジで? 30代の男が、小学生女子に、差別用語、罵声をずっと浴びせられたそうです。追っかけられたそうです。笑いごとじゃないですが、正直、ちょっと笑ってしまった。

アメリカから国境を越えて、カナダに入った途端…

 彼は相当傷ついたそうです。旅をすればするほど、アメリカにがっかりしていったそうです。国境を越え、カナダに入った瞬間でした。あれ? なんか目線が柔らかい、そう思ったそうです。予定のない旅ですから、今晩どこに泊まろうかと地図を見ていたら、人が近づいてきて彼に言いました。「何か困ってますか? お手伝いしましょうか?」と。パードン? アメリカで一度も聞いたことのない言葉でした。「This is a pen」に匹敵する教科書でしか見たことのない、日常には存在しないと思われていた言葉が実在したんです。「お手伝いしましょうか?」「あ、ありがとうございます。大丈夫です」そう答えると、またすぐ別の人が彼のところにやってきて言います。「大丈夫? 何か困ってる?」と。 

 彼はここに住みたい、そう思ったそうです。でも日本に家庭も会社もあるわけで、じゃ、とにかく、いつかここで商売をしよう、そう誓ったそうです。その後、彼はなんどもバンクーバーを訪れます。

 で、彼に「僕が案内しますから。本当にいい街ですから」と熱烈に誘われ、バンクーバーに遊びに行ったのが始まりでした。

バンクーバーで奇跡の出会い

 2018年秋、初バンクーバー旅行のある日の夜。彼と彼の部下と3人でホテルのバーで飲んでいました。私たちはこのホテルには宿泊していません。遅くまでやってるバーがここしか見当たらなかったからです。飲むとすぐにトイレに行きたくなる体質の私の、二度目のトイレからの帰り道でした。バーとトイレが離れてて、廊下をぶらぶら歩いていると、エレベーター待ちの客が目に入りました。白いダウンコートの女性と黒いダウンコートの男性で、顔も見えないのになんとなく日本人とわかりました。なぜ、中国人でもない、韓国人でもない、日本人は日本人をわかるのだろう。小綺麗な服装? 醸し出す粒子? 日本人って確かに柔らかい、悪く言えば弱そうな空気を出してるからな。よく東南アジアの人が言ってるもんな。「中国人、韓国人、怖い。日本人は優しい。押せばなんでも買う」って。褒められてんのか、バカにされてんのか。でもそのカップルは、男性の方は背が高く、ガタイもよく、まるでプロレスラーのようでした。全然、弱そうに見えない、むしろ強そうに見える。でも優しい粒子が出ています。プロレスラー……優い……バンクーバー……プロレスラー……えっ! まさか!? そのカップル、佐々木健介さんと北斗晶さんでした。

 エレベーターの扉が閉まる寸前に叫びました。「きゃー! 北斗さーん!!!」「えええ!!! 光浦ちゃん?」「うおおお、み、光浦さん?」「健介さーーん!」抱き合ってしまいました。そう、確か、息子さんがバンクーバーに留学してたような。その通り。息子さんの顔を見にきてたんですと。すごい偶然。あのタイミングでトイレに行ってなかったら会えませんでしたもん。小さな膀胱の初めての手柄でした。

人生を変えた、北斗さんの一言

 翌日、一緒にご飯しました。「息子さんが羨ましいな。私も留学してみたかったなぁ」「え? じゃ、光浦ちゃんも留学すればいいじゃん」いや、コストコじゃないんだから。そんな簡単に行けませんよ。「息子がお世話になった、信頼できるエージェントの人いるから。いつでも紹介するよ」

 北斗さんの信頼できる人なら、本当に信頼できる人なんでしょう。私は20代の頃、全女(全日本女子プロレス)の追っかけのようなことをしていました。強い女性が子供の頃から大好きで、格闘技が好きで、90年代はもう二度と来ないだろう、女子プロレスが一番盛り上がっていた、一番狂っていた、殺し合いをしていた時代で、その中心にいた一人、デンジラスクイーンが北斗晶さんです。私の憧れの女性の一人です。バラエティの世界に北斗さんがやってきた時は嬉しかったです。憧れの人と会話できるなんて。とことん強くて、とことん覚悟を決めた人だから、こんなに人に優しくなれるんだろうな、と常々思います。北斗さんはなぜか女芸人に異常に優しいです。異常に。底なしの懐です。

 北斗さんの笑うとなくなる細い目を見ていたら、なんだか七福神の一人にこういう顔の人いたよな、なんて思っていたら、なんか神のお告げのような気がしてきました。「留学」が頭の片隅に、鎮座するようになりました。

(光浦 靖子/文春文庫)

『西遊記』の三蔵法師に扮した光浦さんがとびきりキュートなカバーが目印です! イラストは死後くん、デザインは大久保明子によるもの。

(出典 news.nicovideo.jp)

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